「だから、決めなくてもいいの。人間が何でも分類するのは、あく
　まで便宜上……精神衛生上の問題なのよ」

『精紳……衛星？』

イチローが外を見る。
ちょこんと小首を傾げて、空に浮かぶ月を見るように。

「精神衛生。噛み砕いて言うと、心穏やかに過ごす為の方便ね」

『うむ』

「人は分からない物を恐れるわ。だけど、分かれば怖くないで
　しょう？ だから、分かっている物と分かっていない物を一括り
　にして、とりあえず安心するの」

『むぅ、そう言うものなのか』

「そう。だって、見た目も属性も一緒でも、その相手が自分にとっ
　て好ましい者とは限らないじゃない。もし、嫌なヤツだったら、
　無理に仲間にならなくてもいいのよ。決めるのは自分自身。
　イチローはイチロー、ね？」

『何とも……頼もしい言葉よ』

小さな妖かしは、ほぅっと息をついた。
わたしを置き去りにしたまま、イチローは完全に納得したようだ。

「で？　犬神と同等のモノが現れたの？」

『いや、犬神ではなく、犬神の過去を知るモノが……あっ、や、
　これは犬神の話では……』

「そう？」

ロクくんの過去？
いいえ、憑いている方の、犬神の過去かも。

最近、他の子が――ロクくんと一緒に――担当した仕事の中に、
それらしい妖かしがいたかしら？

わたしがジッと見つめると、イチローは滝のような汗を掻き始めた。

なるべく優しく「ねえ、イチロー？」と声を掛けると、イチローは身
を低くして後退った。

『かっ、兼光殿にとって、犬神……否、六郎太が人であると言う
　のなら、我は何も言えない！』

「……では、これ以上は聞かない」

『はぅ？？』

「ロクくんは人よ。わたしにとっても、彼を知る全ての人達にとっ
　ても、ね」

『……』

イチローが、ぽかんと口を開けたまま、わたしを見上げていたの
で、箸でつまんだ潮鮭を押し込んだ。

『！』

「さあ、絵を仕上げるわ。残り物でよければあげるから、少し静か
　にしててね」

鮭の切り身をくわえた妖狐は、何度も何度も首を縦に振った。

翌日、課題を提出してから、家に戻ったわたしは、夕方まで少し
仮眠を取る事にした。
今日は、土曜日なので講義はない。約束の時間までは……。

「そう言えば、静花さんっていつ戻るの？」

『出発は今朝で、帰りは明日と言う話だ』

では、出掛ける前日からロクくんに、妖狐の兄弟を預けていた
のね。旅の準備を見せないようにするなんて、静花さんは意外
と周到なのかも。
男性と旅行に行くとなると、それなりの装備が必要でしょうから。

イチローには、情報を貰ったお礼に教えてあげたいけど、静花
さんに悪いわよね。

そうね。今日の夕食で手を打ちましょう。

「ねえ、イチロー。一応、目覚まし時計をかけておくけど、もし、
　わたしが午後三時までに起きないようだったら声をかけて」

『了承した』

布団に入ると、直ぐに、わたしの意識は黒い色で塗りつぶされた。

暗闇に色鮮やかな紅の……梅。

可憐な花は今を盛りと咲き誇り、見事な枝振りは樹齢の永さを
感じさせる。

薄ぼんやりと、それ自身が光を放っているかのように、梅の木は
闇に浮かぶ。

わたしは、少し離れた所から、梅を見ている。

辺りが暗いのは、今、夜だからだろうか。

わたしは、なぜ、こんな所に……ああ、そうか。仕事だ。
対象は、あの梅の木霊。

わたしは、一度、手を叩く。まずは小手調べだ。

マジシャンのカードマジックのように、手の中に棒手裏剣を出現
させ、対象に向かって打つ。
投げるのではない。切っ先が対象に刺さるように打つのだ。

刹那、さぁっと風が吹き、枝葉が揺れる。
凶器が到達する寸前、対象の前に、黒い影か飛び出した。

木母の盾になった影が顔を上げる。

「あ、貴方……どうして？」

影は牙を剥き、手裏剣が体に刺さったまま ゆっくりと近づいて
くる。

『……殿……時間……』

「ねえ、木母に操られているの？　だったら、目を覚ましなさい！」

金属のような獣の目が、わたしを獲物として捉える。

「貴方は人なの。向こう側へ行っては駄目！」

　・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・

小太刀は、瑞希達ほど ロクと交流があった訳ではないのですが、

長女でお姉さん気質 ＾＾

ズレてますが…… ＾＾；





明日は、リレー『まぁるいおそらはだれのもの？』をＵＰ予定ｗ

最後まで考えているのに、今回の『退魔除霊師』は進みません ＾＾；

小太刀がつかみきれていないからかなぁ～ ＾＾；；（今更だけど