3話 撃滅のセカンド副会長
- カテゴリ:自作小説
- 2011/07/07 23:30:41
直後、黒間が動いた。
大神が出て行こうとする扉は黒間がいた窓際の真逆の位置。そこまでの間には机という名の障害物がある。扉まで至るには、机の左右どちらかを迂回せねばならない。
机の左側は資料などが入ったダンボールが置かれている。右側には何かが置かれている様子はない。
……当然、右しかないな。
一瞬の思考の後、床を強く蹴り前へ出る。一歩目は小さく、二歩目は少し大きく。三歩目は右側を通るために少し斜め前へ。
しかし机の右側に出た瞬間、黒間の目は一つの物を捉える。
黒を基調とし、軟らかさを持つそれは
……大神の制服か。
机に隠れて今まで見えなかったらしい。
よく見れば、制服の黒に混じり白が見える。黒の制服と比べるととても小さい物だ。
……全裸だから当然といえば当然だが、やはりアレか。
一瞥し、数瞬後には視界から外す。今脳内にあるのは、どうすれば衣類という名のトラップを回避できるか。ただそれだけだ。
飛べばバランスが崩れる。右に避ければ本棚、左に避ければ机。
どう避けようともその先にあるのは大神が全裸でグラウンドを三週するという未来だけ。
……ならば。
黒間は少しだけスピードを落とす。それが結果として下手に避けるより良い結果を生むと信じて。
あと一歩で服を踏む位置に来た。あとは、ある物を捨てるのみ。
それは良心。
黒間はそれを捨て、大神の服を転ばぬように注意しながら踏む。
少しばかり心に痛みが走る。が、脱いだアイツが悪いのだと思い込むことで痛みを打ち消す。しかし大神への不満を解消する事もでき、少し気が晴れた。と言うか飛ぶのが一番良かった気がしなくも無いが、大神の起こす問題の(主に脱衣について)ストレスを解消するために制服を踏みつける道を選んだ。
さらに前へと足を進める。このトラップを抜ければ後は何も障害物はない。
一瞬左手を机へ伸ばし、グローブを手にする。そして、進みながら手に嵌める。これで準備は整った。
更に先へ、一歩ずつ。
手は届かないが、アレならば十分に届く。
そう判断し、黒間はイメージする。力を。
細長く、しかし決して貧弱ではない。丈夫なロープのようなものを。
それは、人を拘束するための魔法。
手に力を集めるイメージをする。
手の周りに青白い光が集まり、蛍のように舞う。
そこから光は一本のロープ状に収束する。
光がその形態をとった直後、黒間はそれを大神へと向かわせる。
振りかぶり投げる必要は無い。光は黒間の思った通りに動くようになっている。
光は蛇のように波を打ちながら獲物《大神》へと向かう。
廊下へ出た直後、大神は自身を何かが狙っている事に気づき振り返る。
その直後、光は彼女に絡みつく。
まずは腕を拘束し、次は下へ下へ。そして足を拘束する。
そして光の蛇――もといロープを引っ張り、彼女を室内へ戻す。
これでもう動けなくなった。彼女が普通の人間であれば。
「さあ、大人しく服を着ろ」
「えー? クロが『グラウンド三週して来い』って言ったから運動がてら走ってこようと思ったのに……」
「走る事は問題ではない。問題なのはその格好だ」
「ああ、この格好がダメなんだ。それなら《変われば》いいんだね」
「って、ちょ、待――」
そう言った直後、光は粒子となって虚空へ消え去る。
……これを見られるのは、全裸を見られるのより拙い。
そう思い、まずは扉を閉める。
次は窓へ駆け寄り、ブラインドを閉めようとする。が、
「んぎゃっ」
すっかり忘れてしまっていた大神の衣類に足を取られこけてしまう。
盛大に鼻から床へぶつかり、激痛が体を駆け抜ける。その後に残るのは、鈍い痛み。
しかし痛みよりも、今彼女がやろうとしていることが人に見られるのは拙い。
痛みを堪え立ち上がり、ブラインドを下ろし外から見えないようにする。
……これで大丈夫か?
そう思いながら大神を見る。
大神は、既に変化していた。
あの白い肌は、今は銀の毛に包まれている。
あの細い体は、骨格ごと変化し若干太くなり力強く、しかしそれでもスマートさを感じさせる姿となった。
あの胸は、合いも変わらず美しい曲線美。違いは毛に素肌を隠されている事くらいか。
手足の爪は伸び、分厚くなる。丈夫な、獲物を狩るための爪に。
顎は前へ突き出、開いた口から見えるのは肉を噛み切るのに適した鋭い牙。
鼻の周りからは横へ数本のヒゲが生えている。
耳は頭の上へと移動し、綺麗な二等辺三角形となる。
尻の少し上の辺りからは、思わず抱きつきたくなるような素晴らしくフサフサな尻尾。
そして、髪はそのままで。
獣人。その中でも人狼。
彼女は校内放送後の馬鹿会話、略して馬会話にて黒姫が言っていたように人狼であった。
過去に滅んだ一族の血を引く者。
月夜に生きる者。
人に追いやられながらも、人のために闘う者。
それが彼女、人狼である大神綺麗であった。