Nicotto Town


零崎儚織の人間摩擦


終わりに舞う花

 卒業式とは、とても嬉しいものだ。
 授業はなくなり半日で帰れるという、怠惰に過ごす事を好む人種にとってはこの上ない学校イベント。式の最中は面倒ではあるが、やはり授業が無い事は楽でいい。
 帰りは本屋にでも寄って、目をつけていた漫画でも買おう。

 ――いつもなら、そう思うはずだったのだ。

 卒業式とは、当たり前ではあるが三年生が卒業するのだ。憧れの先輩も、他のどうでもいい先輩と卒業するのだ。
 部活の先輩。尊敬できる先輩。
 入部して、何をすればいいのか理解していなかった右も左も分からなかった少年に、手取り足取り教えてくれた先輩。
 その人の笑みは春に咲く桜のように心を落ち着かせてくれ、一年を通しての少年の癒しとなっていた。
 そんな先輩が、今日でいなくなるのだ。
 少年はその事実を理解していたつもりでいた。少なくとも、心の中では。
 幾度も卒業式の予行を行い、内容を完璧に把握した。それはもう、本番などやる必要がないと思うくらいに。予行をする中で気持ちを整理したと、そう錯覚していた。
 だが本番の卒業式になると、もう先輩とは離れ離れになるのだという事実が肩にのしかかる。
 やろうと思えば携帯の番号を聞く事も、家を聞く事もできるだろ。
 だが、無意味な希望は大きな絶望へと変わるだけだ。
 先輩には恋人がいる。絵に描いたような完璧な男だった。容姿端麗成績優秀。その顔に裏側がない事は知っている。何故ならその恋人は、部活の部長だったから。
 部長は良い人であった。先輩と同じくらいに面倒見がよく、上下関係がいい加減なものにならない程度に気さくで、休日には部員を家に招き色々と遊んだ。
 いわゆるムードメーカーというタイプの人間だ。部内では皆に慕われ、教師からも信頼されていた。
 そんな部長が、先輩を幸せにできないはずがない。先輩は今、幸せなのだ。
 幸せなのだと、先輩が言っていた。
 二人の関係は周知の事実で、隠すことなく惚気ていた。
 だから、少年が先輩に告白したら、邪魔になってしまうのだ。尊敬する人の邪魔に。
 邪魔になるという自覚があるからこそ、携帯の番号も家も聞けないのだ。何もしようと思えないのだ。
 誰からも尊敬される二人は、皮肉でもなんでもなく、この世で一番お似合いな二人組だ。
 好きであるのなら、相手の幸せを願うべきだ。幸せを壊してでも付き合いたいというのであれば、それは好きなのではない。我侭なのだ。
 だから我慢だ。我慢すらできないのであれば、好きになるべきではない。
 そう思いながら窓から見た空は、曇っていた 。


 式も終わり、あとは校門で花道を作るだけとなった。
 一旦戻った教室では、男女問わず、あの先輩好きだったのに、告白しておけばよかった、と話しているのが聞こえる。
 感情を露土すれば、気持ちは軽くなるだろう。少年もクラスの部活仲間と同じ話をしようと思った。席を立ち仲間の席に向かおうとするが、この感情を言葉にするのがひどく惨めなことだという気がしてきたので思いとどまる。
 電話番号も聞かずに、ただの後輩として見送ろうとしているのだ。最後までその在り方を貫かなくてどうする。
 これは意地だ。下らない、子供っぽい意地。
 それでも、少年にとってはその意地は大切で、下らなくともやり抜きたい意地だった。
 しばらくすると教師が来て、花道の並び方を説明した。教室から移動し、花道を作る準備をする。
 花道が出来て、卒業生達が歩き始める。堂々と、次の場所へ進むために。
 在校生は拍手を始める。祝いの拍手だ。
 拍手をしながら、送り出す側の表情とはどんなものがいいのだろうかと考える。卒業生に泣いている人は見当たらない。ならば、悲しさからの涙は流すべきではない。
 笑顔だろう。未来へと前進する人へ向ける表情とは、後ろへの心配をせずに済むような笑顔で送り出すべきだ。
 どうでもいいと思っていた先輩達の態度に感化されていることに苦笑しながらも、少年は口の端を吊り上げ、笑顔を作る。
 綺麗な笑顔ができているかは分からない。けれど、尊敬する人の門出を祝うのに相応しい表情になっているとは思う。
 拍手に包まれ進む人の中に、先輩の顔が見える。矢張り涙は流れていない。
 先輩は少年に気づくと、いつのも笑顔を作る。見るものを癒す優しい笑顔だ。
 視線が合い、音が消える。
 部をよろしくね、と言われた気がする。だから、任せてください、とそう返した。
 一陣の風が起こり、桜の花弁が舞う。
 桜の木の枝が揺れている。だが、揺れも終わり花の雨も止む。
 花が若葉へと変わる頃には、新一年が入部しているだろう。
 だから、尊敬する先輩のように、しっかりと道を示さねばならない。
 そして、僅かな期間ではあるけれど、その道を共に歩むのだ。
 先輩が校門を出る。その背は、希望に満ちていた。
 空は晴れ渡り、卒業に相応しい色となっていた。

アバター
2012/03/09 21:10
卒業式だったのですか。卒業おめでとうございます。

一応恋愛ものですが、後半は「先輩からのバトンを後輩へ継ぐ」っていうのをメインにしたつもりです。
しかし読み返してみると、「~~だ」とか「~~た」って文章が多いですね。単調になってしまってるので、そこはこれから気をつけようと思います。

いえいえ、構いません。
受験、合格だといいですね。……あれ? 既に合格発表されてたりしますか?

お題小説はブログに投稿で良かったのですか。
お安心しましたw
アバター
2012/03/09 19:20
あ、ブログでいいんですよ。
もともと、ブログに書いてねっ!ってやつなんで。
間違ってる人がいましたが・・・・。

あらためて、お題はブログに!よしっ
アバター
2012/03/09 19:15
わぁぁぁぁあああ!!!恋愛もの、キュンキュンするぅぅぅぅ!!!
しかも、今日卒業式だったから、よけいだぁぁぁぁ!!!

ごめんなさい!受験が終わり、卒業を迎えないと、PCが、
思うように使えなかったんです!コメント、すぐにできるとよかったんだけど・・・。



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