Nicotto Town


小説日記。


お嬢様と殺人鬼。ⅱ

「………また、逢えるのかよ」

 この広い世界で。
 どうやって、たった一人の少女を探せって言うんだ。
 手がかりも何も無い状態から一体どうやって。

 ぽつりと空に呟いた言葉に、当然返事は返って来ようはずもなかった。


「…え」

 どうやら俺が目覚めた場所は、
 近くの街に言って色々な人に聞いたところ10年前まで奴隷が収容されていた施設らしかった。

 …10年。

 重みがよく解らなかった。
 だって、そんなこと急に言われたって。


 俺は頭に猫耳を生やして、腰から犬の尻尾を生やした間抜けな姿をしていた。
 見慣れぬ街並みに輝くショーウィンドウが怨めしい。
 あの時は新品同様だった燕尾服はぼろぼろで、艶やかだった茶色の髪は艶を失くした。
 銀の瞳は輝きを失い、細い瞳孔だけが獣じみた不気味さを湛えたまま。
 目が痛いほどに磨かれた店の窓に映った俺の姿は、ただの薄汚れた迷子だった。


「ッ知ってるんですか?!」

 正直ダメ元だった。
 だからなかなか聞き出す勇気が出なくて、一ヶ月近く放浪していた。
 こんな薄汚い、どこの馬の骨とも解らない奴をバイトで雇ってくれる
 物好きのおかげで食い扶持と生活には困っていなかったからだ。

「知ってるも何も、ここらじゃ有名な家だよ」

 俺のあげた驚愕の声に、尋ねられた顔無しの男は困ったように指を指した。
 男の指差した先には、真っ赤な屋根の大きな家があった。


「……、」

 洒落たフェンスは背が高くて、見上げると首が痛くなった。
 外から見ただけで明らかに迷いそうなほど広いその家に、彼女が居るんだ。


 でも家の前まで行って、ようやく気づいた。

 こんな汚い、猫だか犬だか解らない奴を、俺だと解ってくれるだろうか。
 いやその前に、話なんてしてくれるんだろうか。
 逢ってくれるんだろうか。

 悩んでいても仕方が無いと叩いた豪奢なドアの奥から
 返事があるまでの時間は、本当はたったの3秒だったのに。

 永遠にも感じられた。


「―――ッバルムンク!!!」


 その嬉しそうな声だけで、俺は報われたと思ってしまった。
 そっと開いたドアの隙間から覗いた彼女の声、姿は、あの時と全く変わっていなくて。

 次の瞬間どばんっ、と盛大に開け放たれたドアから
 飛び出してきた彼女が俺に抱きついてきた、その光景が10年前とぴったり重なった。

 ただ少しだけ、彼女は大人っぽくなっていた。
 …当たり前だ。10年も経ったんだから。

 俺はこの時、ふざけて彼女の事を「お嬢様」と呼んだ。
 そしたら彼女は満更でも無さそうに笑っただけだった。
 …だから「お嬢様」と呼ぶことにした。
 俺は、赤い首輪を貰った。


 でも、再開も束の間。
 俺が彼女と過ごせた時間は、今度はたったの3日だけだった。


 別の地方でも、ここ最近よく流行っていた"貴族狩り"という集団強盗の一種で。
 俺は彼女を守る為に、たった一匹で10人の男共に挑んで呆気なく死んだ。


 俺は、彼女を守ることが出来たんだろうか。


 殴り殺した男の一人が落とした鎌を振り回して5人を一気に殺した。
 一人に片耳を切られて、一人に脇腹をぶっ刺された。

 失神寸前の激痛さえ無理やり出した大声で押さえつけて、
 また一人、また一人と切り刻んでいった。


 残り三人、落ちていた銃を拾って一人を殺してもう一人をついでのように鎌で裂いた。


 最後の一人、狂ったように叫びながら振り回した鎌の間合いに入られて、
 心臓をぶち抜かれた。


 電源をいきなり落としたみたいにブラックアウトした視界に全てを染められて、
 耳に届いた、肉が裂ける嫌な音。

 彼女の悲鳴が聴こえたような気がして、俺は倒れる前に意識を手放した。


*****


 三度目の闇。
 すっかり抜け殻になった俺には時間の感覚さえ解らない。

 やがて聴こえた声はなんだか呆れていたような気がした。

 ――まあ、上出来だったんじゃない?でもお前さ、大事な事忘れてるだろ。
     それ思い出せ。
     これで最後、最後だからな。今度こそ最後だぞ?
     次は七時カラスだ。


 …なんだよ大事な事って。最後ってお前こそ、前言ってたくせに――


 と思う間も無く、俺は三度目の光に包まれた。


*****


「………は?」

 自分から尋ねたくせに、失礼にもほどがあると思い返すのにも時間が掛かった。
 もう信じる信じないのレベルじゃなかった。

 でも、男はなんだか知らないけど笑って重そうなテンガロンハットを被りなおして続けた。

「どうやら貴方は気に入られたらしいですねぇ。
   貴方の探す人は、きっと居ますよ。だって貴方は、その為に生き返らされたのでしょう?」

 グレイヴとかいうナイトメアはそう言ってどこかに行ってしまった。
 …霧みたいな男だった。

 取り残された俺は、阿呆みたいに薄暗い路地裏で狭い青空を見上げる事しか出来なくて。


 …ひゃくねん?


 意味が解らなかった。


*****




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