Nicotto Town


小説日記。


裂罅【短編】



「夏という季節は、どうにも好きになれません。」
「あなたもそう思うでしょう?」


夏。
厭に暑い、熱い日だった。
蝉の大合唱に呑み込まれる庭先に人影が滲む。
中空から降り立った灰色のドレスの裾が熱風を孕んでふわりと広がる。
丸っこいパンプスの先が瑞々しく葉を伸ばす芝生に音もなく沈んだ。

「史伽様、そんなところにいらしては熱中症になってしまわれますよ。」

右手で無造作に差し出した棒アイス、一本60円。
蛍光ブルーの体から、溶けた甘い汁が滑り落ちる。

「日本という国の夏は、どうしてこうも気温が高いのでしょう。かつて私の住んでいたコスタリカでは、常春と言って一年中気温が20度前後で過ごしやすく……。」

受け取られたアイスを一口ずつ齧る青髪の少女を見下ろしながら、意味もなく言葉を続けた。

「朝夕も気温は下がりますが、10度以下にはなりません。」

炎天下の縁側は干上がってしまいそうなほどにてらてらと陽の光を跳ね返す。

「人間という生き物は、とりわけ寒暖差には脆弱に出来ております故、これ以上縁側にいらっしゃるのはご遠慮下さると私の手間も省けるところに御座います。」

僅かな逡巡。
次に差し出したのは大きな日傘。

「……ふむ。こうすれば宜しいでしょうか。」

陽の光を完全に遮断した暗がりが縁側にぽっかりと広がる。
我ながら名案だ。

「しかし、困りました。こうして貴女を援助することは、シナリオを捻じ曲げることになりはしないかと……いえ、今の貴女には関係のないことですね。」

プラスチックの飾りで結われた不揃いの青髪を梳くように撫で付ける。
痛々しい打撲の痕を見なかったことにする。
甘い水溜まりに、小さな蟻が線のように列を為している。

「もしものお話ですが、ここで私が史伽様を放って熱中症になることを見過ごしたら、バタフライエフェクトが史伽様のお命を奪う可能性は如何ほどのものなのでしょう。大変失礼な物言いであることは承知しておりますが、史伽様のご両親は貴女を病院へ連れて行っては下さらないでしょう?」

くるり。日傘を回す。
元より話すのは好きだけれど、今日はやけに饒舌だ。

「襟子様が貴女を迎えにいらっしゃるのは、まだまだ幾分も先に御座います。」
「それまではどうか、生きていて下さらなければ困るのですよ。」
「事象というのは常にメビウスの輪のように繋がっているのです。」
「つまり、私が史伽様を援助するのはシナリオ通りということに御座います。……そういうことに、しておきましょう。」


襤褸人形のように痛めつけられた少女が覗き込んだ床下に打ち捨てられている。

「……ああ、史伽様。おいたわしや。」

床下収納の蓋を半分だけ開けながら、間もなく漂ってきた饐えた臭いに僅かに眉間のシワを深くする。

「人の子はその傲慢さ故に弱き者をかように痛めつけるのです。何故、あなたでなくてはならなかったのでしょう。」

「ねえ、襟子様。」
「本当は知っていらっしゃるのでしょう?」

「貴女の、仕業なのでしょう。」


***

17年前の記憶ーEND




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