Nicotto Town


小説日記。


赤と紫【前編】

#-真紅


カチカチ、カチカチ、とカッターナイフの刃を滑らせる。
……殺してやる。

確かに、そう思ったんだ。


「ねえ東狐さん、今日遊びに行かない?」
「えっ……と、」
「東狐さん、暇でしょ?」
「…………。」


「…………あれ?」

無い。
無い、無い。
いくら探しても無い。

「……え……?」

呆けた声が漏れる。
予鈴、静まる教室。
ニヤつくぬえの視線が背中に突き刺さる。
机の上の筆記用具だけが、虚しく転がっていた。

「東狐さん、次の行読んでくれる?」

先生の指名。教科書の読み上げ。
全身の震えが止まらない。
速すぎる心臓の鼓動が、教室中に響き渡っているんじゃないかと思った。
カラカラに乾いた喉が貼りついたみたいに声が出ない。
冷や汗が頬を滴り落ちた。

「……ぁ、っ…………の……、」
「……東狐さん?」
「…………きょ、教科書、が……、」
「早くしてくれる?」
「…………。」

小さすぎる声が届かない。
ぬえが肩を震わせて笑ってる。

「教科、書が……、」
「忘れたの?」
「……っ、」

違う、と言えなかった。

「なら隣の人に見せてもらって?」
「…………はい。」


「……。」

放課後。
バラバラになった紙切れをゴミ捨て場から拾い上げる。
馬鹿にするように泣き喚く烏、千切れ雲の浮かぶ夕焼け。
テンプレートなイジメ。スケープゴート。

「あっ!ねえ東狐さん!」

声がした。振り返る。
快活な声、取り巻きの生徒たち。

「ねえ東狐さん、今日遊びに行かない?」
「えっ……と、」
「東狐さん、暇でしょ?」
「…………。」

今すぐ逃げ出したかった。
でも否定を許さない威圧の言葉に、頷くほかなかった。

「そうだ、まひるちゃんって呼んで良い?」
「えっ?」
「ね、アタシのこともぬえって呼んで良いからさ。」
「……う、うん……。」

連れてこられたのは都内のカラオケだった。
教室と違って臆面もなくマイクを取る私を見て、ぬえがあまり良い顔をしていなかったのを覚えている。

「ねえまひるちゃんってさぁ、お金持ちなんでしょお?」
「……え?」
「アタシ達今日持ち合わせなくってさぁ。」
「…………、」

部屋を出る寸前、ぬえが突然そう言い出した。
ニヤニヤと意地悪く笑うぬえが、私の鞄を見ていた。
震える手で財布を取った。何かあったらと親に持たされている財布の中には、確かに2万円入っていた。

「良かったぁ!ありがとうまひるちゃん。」

抜き取った万札を手に、微笑んだぬえに愛想笑いを返すしか出来なかった。


逆らわないように、逆らえないように私を追い詰めるイジメはエスカレートする。
だからリストカットの痕が増える。

「ねえまひるちゃん、どうして昨日お金持ってなかったの?」
「せっかくまひるちゃんが一人ぼっちにならないように遊んであげてるのにさぁ。」
「だってアタシたち、と・も・だ・ちだもんね。」
「ギャハハハハ!」

濡れそぼった髪の毛から、濁った雑巾の水が滴り落ちる。
……臭い、ファブリーズで取れるのかな。

どうしたって私に興味のない両親に、相談なんて出来るわけなかった。
渡されていた小遣いはすぐに底を尽きた。
誰にも言えなかった。言いたくなかった。
唯一私が無敵で居られるツイッターでだって、絶対に弱みを晒したくなかった。
違う、だって私はあんな風に惨めじゃない。
私にはフォロワーが3万人居るし、私だって蝶の羽を毟れる。
あんな惨めな私は、ほんとの私じゃなくて、私であって良いはずがなくて、だって、私は。


「ねえねえ、お金が無いならパパかママに言えば良いでしょお?」
「っごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさ……。」
「それともなぁに、アタシたちがまひるちゃんのこと苛めてると思ってる?先生に言いつけようと思ってる?」
「ちが……っ違う……、ごめんなさい、ごめんなさい……。」
「謝ればいいと思ってるわけ!?」

怒声と共にぐっと掴まれた髪の毛。
短い悲鳴が喉から漏れる。
直後、視界を横切った銀色。ズッ、と頬を抉った冷たい金属。

「っい゛……、いだ……!」
「アンタ、また泣いてんの?」

うなじに触れる刃物。
ザク、ザク、と音を立てて切られていくのが髪の毛だと、床に散らばっていく暗い赤色の毛束を見てようやく気が付く。
違う、ちがう、こんなの……こんなの、だって、可笑しい。
可笑しいよ、だって私はトンボの羽を千切れるし、蟻の手足と触覚を千切れる。
こんな風に惨めに虐げられるのは私じゃない。ほんとの私じゃない、違う、ちがう、こんなの違う。

カチカチ、カチカチ、と机の中に忍ばせたカッターナイフの刃を滑らせる。
傷口がジンジンと痛むたび、頬を伝ってぽたぽたと赤い涙が滴り落ちた。

「アハハ!まひるちゃん可愛くなったねぇ!」

ぬえの声が、初めてうるさいと思った。
あんなに怖かった声が、あんなに私を虐げた声が。
……うるさい。うるさい、うるさい、うるさいって言ってるんだよ。

………………殺してやる。

「――――ッ!!」

ドクン、と胸の中で奇妙に跳ねた鼓動の音を、今もハッキリと覚えている。
不気味に鎮まった鼓動がゆっくりと、徐々に速度を上げて、早鐘のように打ち始める。
自分の中で、自分でない何かが暴れまわって抑えきれなくなる。
膨れ上がった制御不能の感情が、ぞくぞくと快感にも似た痺れを帯びて全身を蹂躙する。

直後、
ガン!と机の上に振り下ろされたカッターナイフ。
いつの間にか手が動いていた。
静寂と空白。
ぬえの笑い声が悲鳴に変わる。

カッターナイフを引き抜くと、絵の具のように真っ赤な鮮血が飛び散った。
手の甲で頬から滴る血を拭う。
右手を押さえて後ずさるぬえの顔に浮かぶ、恐怖と戸惑いが私の感情を煽る。
振り回した刃物から逃れようと悲鳴を上げながら取り巻きたちが教室から飛びだした。
嘘みたいに身体が動く。

「ぎゃあ!」

悲鳴。
ヒュッと引き戻した刃物の触れたぬえの左目が真っ赤に充血していた。
身長差のあるぬえの胸倉を掴んで勢いよく引き倒せば、ようやく我に返ったぬえが思い出したように突き出した鋏が頬に新しい傷を刻んだ。
殺してやる、殺してやる、ころしてやる!ころしてやる!!

振り下ろしては引き抜こうとするカッターナイフにこびりついた鮮血で手が滑り、上手く狙いが定まらない。
うるさい、黙れよ、静かにしろ。
自分を守ろうとする腕を引き裂いて、胸と喉元に何度も、何度も突き立てた。
折れたカッターの刃が床に散らばって、飛び散った血と切られた髪の毛に混じってべたべたに白いシャツに染み込んでゆく。

血塗れのぬえが何か言っている。
私は聞こえないフリをした。

物凄い高揚感と、夢の中に居るようなふわふわした、変な感覚。
息が上手く出来ない。
抵抗するぬえが泣いている声がやたらと鼓膜にこびりつく。
振り上げたカッターが緩んだ手から滑り落ちて、視界が白く霞み出す。
ここから先を、覚えていない。


白い天井だった。
自分が目を開けていたことにようやく気付く。
温い風にカーテンが揺れる。

まるで、ゴミを見るような両親の目を、今も鮮明に覚えている。

***

前日譚:【探索者】東狐まひるの話

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2018/08/24 09:16
初めまして、拝読しました。
印象ですが、僕はぬえさんにちょっと同情しますかね、
仕打ちに対して報復が過剰かと感じました。
これだけ読んでもわからないストーリー構成でしたかね。
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