Nicotto Town


小説日記。


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Stage0 / ヒロウモノ、ヒロワレルモノ




夢の無い眠り。
闇の中からふと目覚めて、
ただ視界を占めるのは、何も見えない暗闇だった。
夢から覚めたのかさえわからない。
寒い。
冷たい。
揺れる。
痛い。
気持ち悪い。
今自分の置かれている状況が理解出来なかった。
一瞬にして大量の異常を感じた身体は勝手に震え、歯を食い縛ろうとして、気づく。
噛めない。
歯が、既にやわらかい何かに食い込んでいる。
猿ぐつわかもしれないと、ぱっと頭に浮かんだ。
多分、冷静だったからだと思う。
でも丁度良い。
顎が痛くなるのを少し緩和できるかもしれないじゃないか、と
無理やり思考をプラスに働かせる。
と、なんだか身体の右半分――いや、側面が、服越しにもはっきり分るくらいに冷たい。
なんで?と思ったのも束の間、頬が痒いのを無意識に手を動かしてかこうとして、また気づく。
手が動かない。
それに肩が張っている気がする。
だから、そう、後ろ手に縛られてる。
分ると、手首が縄で擦られている鈍い痛みが広がった。
もしかして、と足も動かそうとしたら素足にちりっと痛みが走った。
真っ暗。
猿ぐつわ。
両手、両脚縄縛り。
不自然な揺れ。
ということは、もしかしなくても、芋虫のように縛り上げられ
馬車の荷台か何かに転がされているんだ。
落ち着いて耳を澄ませると、ガラガラ車輪の転がる音がして、
決して軽快とは言えない蹄の音が聞こえた。

ああ。
もしかして、殺されるのかな。
邪魔な路上生活者をついに処分する日が来たのかもしれない。
腹が減って減って餓死寸前で泥のように眠っていたら、
運ばれていることにも今の今まで気づかないなんて我ながらどうかしてる。

ようするにそれくらいに死にそうだった。

まあ、もういまさら、なにもかも、どうでも良かったわけで。
これから何をされようがどうでも良かった。


――ふいに馬車が、止まった。

「――ッぐ、う?!」

がんっ、と派手に止まった勢いで、全く同じ音を立てて頭が壁に思い切り打ち付けられた。
たまらずくぐもった悲鳴をあげる。
次いで、ばんっ、と乱暴すぎやしないかと思うほどの勢いで扉が開いた。
暗闇しか映していなかった、瞳孔の開いた瞳に眩い光が突き刺さる。
声なき悲鳴をのどの奥で漏らし、あまりの痛さに眉間に深いしわを刻み込む。
痛みが徐々に引いてきたころ、ようやく恐る恐る目を開けると。

わけのわからないものが視界に飛び込んできた。


涎が開いたまま閉じられない口から溢れていることが妙に気に障った。
せっかく気づかないフリをしていたのに。
顔と、髪が濡れて頬に張り付く感触が背筋を震わせるほどに、
どうしていいかわからなかった。

見開いた瞳には、「貴族が遊んでいるような綺麗な中庭」が映っていた。


現に、貴族っぽい豪奢な服を着た奴が4、5人居て、
捕虜を囲むが如く荷台の入り口に張り付いていた。
そいつらの隙間から見える中庭ばかりが、視界に焼きつく。
白いレンガの石畳。
噴水。
鮮やかな木々。
腐った場所で見てきた汚い街並みと、つい比べてしまう。
どうして、なんで、こんなにも住む世界が違うんだ。
"同じ人間"なのに。

パンク寸前の頭に、さらに追い討ちが襲う。


「――ようこそおいでくださいました!」


ぽかん、と文字通りそんな音がした気が、した。
ヒトをこんな、芋虫にしておいてようこそもクソもあるものか。

しかし奴らは荷台から手を伸ばし芋虫を馬車から引きずり出す。
猿ぐつわを解いて、手の縄も足の縄も、これでもかというほど丁寧に外された。
気持ち悪い。

そして薄汚れた頬を綺麗な白い布で拭かれ、
ぼろきれ同然の擦り切れたシャツとズボンを脱がされて、誰かに抱きかかえられた。
気持ち悪い。

ああ。もう頭に入ってこない。
城なのか館なのか、中庭から入り組んだ廊下を通って
全面白い大理石張りのどでかい部屋についたあたりで嫌な予感が当った。
あり得ないほど巨大な間取りをした浴室は、絶対にこんなに広い必要はなかった。
でも抵抗する気力があるかというとそんなわけはなくて、
浴室の倍以上ある脱衣所で呆気なく下着を脱がされた。
とんでもなく良い匂いのするシャンプーとボディーソープ、リンスと
ふわふわした泡、綺麗なお湯を見ているうちに、なんだか思考が停止した。
きっとタチの悪い夢だ。

でもこんなにリアルな夢があるわけ無いと、
心の半分以上を蝕まれながら、ぼんやりと鏡の前に立たされたあたりで我に返った。

「……なんだ、これ」

どこかの小奇麗なお坊ちゃんが鏡の中に居た。

「大変お似合いですよ、ギーヴァ様」

侍女っぽい若い女は、肩まで流したブロンドの髪を揺らして優しげに微笑んだ。
すさまじいスマイル0円。

なんのドッキリですか、これ。

ぼさぼさでぐしゃぐしゃだったはずの黒髪は、濡れたように艶やかになって
肩に揃えられた綺麗なショートになっていた。
長らく路上生活だった語彙の少なさ故に言葉が見当たらないが、
きっと、これはタキシードなんだろう。
頭に乗ったシルクハットがうざい。
何気にタキシードが似合っている自分がうざい。

半ば放心したまま鏡に手を伸ばし、指先をその表面に触れさせようとした、その時。


「――やあ、私はメルガーナ。良く来てくれたね、ギーヴァ君。
   私は今日からキミの養父になる。よろしく頼むよ」


いかにも、な初老のおっさんが鏡に映りこんだ。
オールバックにされた灰色の髪にモノクル。
一見執事っぽくもあって――お揃いのタキシードが異様に似合う紳士だった。

物腰やわらかな声をかけ、実に爽やかに微笑んだおっさんもといメルガーナ。
そう、こいつこそ。
俺の憎むべき敵だった。



*****

サークル案に基づき、モデル小説をちらっとうp。
まあ続きは期待しないで下さい。






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