Nicotto Town


小説日記。


夢飼い。【13】




Story - 2 / 2



―― 一歩踏み出す勇気。


深夜の学校は誰も居なくて、
夢遊病のように私はいつのまにか屋上に居た。

夕方、由貴と別れて家に帰った記憶は無い。
ただ、その時から靄の中を歩いているみたいにぼんやりして、
もういいや、って思った。


あんな騒ぎがあったのに鍵をかけていなかった屋上の扉。
錆び付いたこの取っ手を悠里も触ったのかと思ったら、妙に浮き足立った。
同じものに触れて、同じものを見るだけで嬉しい。

変な方向に傾き始める思考に気づかないフリをして、真っ黒な空から降り注ぐ真っ白を見上げた。
冷たい。寒い。さむいよ。たすけて。


バランスを崩しそうになりながらローファーと靴下を脱ぎ捨てて、
赤茶の錆だらけの柵に脚をかけた。
足裏と太股に伝わる、鉄の純粋な冷たさが神経を焼く。
でも、気にする意味はなかった。
柵を乗り越えて、屋上のヘリとその隙間に爪先立つ。

後ろ手に握った柵が、やけに心細い。


「………………、」


分厚いレンズ越しに見えるのは、だだっ広い漆黒の海原。
泳ぐ魚は見当たらなくて、遠い水面から差し込むのは白い、欠片。

腰で柵に寄り掛かって、悴んだ指先を目の前に持ってくる。
赤白くて、細くて、小刻みに震えていた。
こんな手じゃあ、上手く泳げそうにない。


――私は、今まで何を糧に生きてきましたか。

わかりません。


――私は、今まで誰かの役に立ちましたか。

わかりません。


――私は、今まで楽しかったですか。

わかりません。



――――私は、自殺する人の気持ちが解りますか。


「……わかりません」


なら、とびおりてみればいい。
おなじばしょから。おなじふうに。

でも、前を見るのは怖いから。
柵を掴んで爪先でくるりと向きを変えた。
がりがりとやわらかい足裏を削るコンクリートの痛みも寒すぎて感じない。


死んだら、何が起こるんだろう。


ライトノベルの主人公みたいに、どこかの世界にトリップ出来るのかな。
だったら、良いな――、


ね。


「…………由貴」



ぱっ、っと、てをはなした。
うしろにいったじゅうしんがいっきにかたむいて、わたしはりょうてをひろげてせなかからおちる。


漆黒の空が遠ざかった。
髪の隙間に冷風が入り込んで、頭が直接冷やされているような悪寒。
背筋が今更、凍った。
叫びだしたいくらい怖い。こわい。コワイ。
どうしようもない浮遊感。自由落下感。どこまで堕ちる?終わりはない?もうすぐ終わり?
舞い上がる髪の毛が邪魔をする、煌めく星は数えるほどもなくて、
オリオン座を探そうとした視界が黒くぬりつぶされせぼねがめき。

痛い、と思った。
電撃的な激痛はぶっとい注射針みたいで、
でも、そんなに言うほど痛くないような気がして、


なにをかんがえているのかわからなくなって、


わたしは、わたの、いぬい です


最後に呼んだ名前は、 好きな人 でした 。




_________________暗転。


*****



乾が最後に見たもの。
「自殺する人の気持ちが解らないから飛び降りてみた」

あなたなら、どう思いますか。



――それでは、ここまでお付き合いいただいた画面の向こうのあなたに、精一杯の感謝を。


-糾蝶-






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