Nicotto Town


小説日記。


夢飼い。【16】




Story - 2 / 5


すっかり安心してしまうと、せき止めていた言葉が勝手にあふれ出すようだった。
滲みそうになった涙を堪えて、精一杯笑おうとする。
同時に、乾の顔にも、子供みたいな笑顔が広がっていく。

「乾、良かった。心配したんだよ。乾が死んじゃ――」
「ゆき、」

そして次に僕の耳朶を叩いたのは、やけに、呂律の回らない声だった。
急に幼くなったような、弾んだ、それでいてどこか甘えるような。

僕の台詞を遮って、乾はその細い両腕を伸ばしてきた。
がばっと抱きついてきて、僕の首の後ろに両腕をきつく回す。
左肩に、乾の頬がこすりつけられる。
髪の毛からトリートメントの良い匂いがした。

――じゃなくて、


「ぇ、っと、」
「えへへー、あのね、ずっとね、まってたんだー。ゆき、だいすき」

あ、ひどい。
僕が先に告白しようと思ってたのに。
でもこれは……ノーカン、かな……、

なんだか驚くことに疲れてしまって、
変に落ち着いた僕は唐突に抱きしめられるという出来事にも冷静だった。
っていうか、どんな状況?

「そっかそっか」
「んー」

僕の首にぶら下がるように思い切り抱きついている乾の背中をぽんぽんと撫でてあげながら、
どうしてこんなことになっているのか今更思い悩んでいた。

嬉しそうに声を上げる乾。
点滴のチューブが手首に巻きついてしまっていて、外れちゃったらどうしようと気にするポイントはそっちに行っていた。

だってどうしようも説明がつかなかったんだ。
乾は頭を打って幼児化した。たった、それだけ。

だけ?


「……乾、」
「やだ」

そうだ。最初に気づくべきだったんだ。
乾があんな風に、笑うわけないんだって。
いつだって無表情で、つまらなそうな顔をしていたじゃないか。

いい加減重くなってきた(勿論そんなことは言えない)から乾の両肩に手を置いて引き剥がそうとすると即答された。
困った。
こんなところ虎崎さんに見られたら絶対にからかわれる。
こんなことを考えていること事態なにか間違っていると心の隅で思いつつ、仕方ないから乾の頭を撫でた。
やわらかくて、でも艶はない、乾いた髪。
試しに指を入れて梳いてみると、ちょっとだけ引っ掛かるような気がした。

果たして15分以上そうしていた、ような。
と、不意に乾の手から力が抜けて、くたっと預けられる身体。
横顔をそっと窺ってみると、よだれを垂らしながら寝ていた。
小さな寝息がどことなく幸せそうに聴こえて、僕は乾を抱きしめた。
耐え難い温もりが死ぬほど痛かった。

――どうして、こんなことになっちゃったんだ。

これじゃあまるで、本当に。
……いや、思わないでおこう。

知らないうちに逃げに走っていることに気づきたくなくて、今更、目の奥が熱く疼いた。





それから案の定、虎崎さんが来て
「あら由貴くん、お二人はそんなに仲が良かったんですね。キスはもうしたんですか?」
なんて言ってきたから「明日来ます」とだけ言い残して颯爽と病室を後にした。

でも僕は家に帰ってから失態に気づいた。
どうりで虎崎さん僕が出て行くまでおかしそうににやついていたわけで。


……乾のよだれが、肩についたままだった。






*****


さあ、ここからが夢のはじまり。


――それでは、ここまでお付き合いいただいた仮面の向こうのあなたに、精一杯の感謝を。
感想等いただければ、幸いです。



-糾蝶-




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