Nicotto Town


小説日記。


夢飼い。【22】




Story - 3 / 2



「入れられるけど取れないもの、なーんだ」

正解はコップの罅。
勿論コップじゃなくても硝子の罅も取れない。
プラスチックの罅も煉瓦の罅も。

でも心を表現するなら、硝子の方が繊細な気がして素敵だと思う。
ちなみに僕の心は鋼鉄製。どうでもいいけど。

虎崎さんに訊いた話は三つ。
一つは、もう自分の脚では歩けないかもしれないということ。
二つは、幻覚、幻聴の症状のため、まともな精神状態にないということ。
三つは、記憶に障害があるということ。

つまり乾は、もう本当の意味で世捨て人になってしまった。
ふとした拍子に記憶が戻るなんて早々ないだろうし、
幻覚、幻聴が、ということはパニック障害のようなものに侵されていると考えたほうが良い。
昨日の乾を見れば誰だって首を縦に振るだろう。
薬物中毒のヒトってあんななのかもしれない。



歪さに気づけばすぐに瓦解する僕らの関係は脆い。
だから簡単には千切れない。
うんざりするほど強力なボンドで貼り付けられた、偽りの恋人関係。
そもそもあれは告白なのかもわからないし、僕も告白してないし。

乾のことは好きだ。
好きだよ。けど、何が好きなのかはわからない。

それはきっと、乾も同じだと思いたい、絶賛片想い中の僕。




泣き止むまでに1時間を要した。
嗚咽がしゃっくりに代わってもなかなか涙は枯れなくて、
気づいたら大人しくなったと思ったら案の定寝ていた。
その間に何度もティッシュを勧めようとしたけど気が引けて黙っていた。
鼻水を啜る音も伴奏だと思えばあまり気にならなくなる。

けど、乾はすぐに起きた。
寝てからものの5分でご起床なさり、ベッドに腰掛け
帰り支度をしようかしまいか迷ってぼんやりお昼のバラエティー番組を
鑑賞していたら背後から衣擦れの音して振り返る間もなく両腕を羽交い締めにされた。
すっかり痩せ細ったくせに体温は高い。
背中に寄りかかる乾のやわらかさを極力無視して「おはよう乾」微笑んでみた。
いつも通りの笑顔が出来ていると良いのだが。

「うにー」
「はいはい」

しかし背中に背後霊よろしくへばりついた乾から僕の顔が見える訳も無い。
ぐりぐりと肩甲骨に頬を擦り付けられる感触。
要領を得ない乾の声は言葉ではなくもはや鳴き真似。
きっと猫を真似ているんだと信じたい。

と、そこで僕はテレビの脇に置いてある眼鏡に気づいた。
蒼いフレームの眼鏡がなんとなく寂しそうに折り畳まれている。
思えば、病室に入った時からしていなかったような。あと昨日も。

「ねえ、どうして眼鏡しないの?」

何の気概も無く尋ねてみる。
だが乾からの応答は無い。

おや?

「………………い…………た」
「え?」
「めがね、しないほうが、可愛いって、言われた!」

ああ、そういえば。
律儀に覚えていてくれたなんて、意外すぎてちょっと吃驚。
いや、「ゆきに」とは言わなかった。
馬鹿の一つ覚えのように僕の名前を連呼するのに、
今に限って言わないってことは〝僕が言った〟ということは覚えていないんだろう。

じゃあ乾は、どこまで覚えていて、どこまで覚えていないのか。
そもそも記憶が抜け落ちたのか、本当は全部覚えているのか。
虎崎さんはああ言ったけど、僕のことは覚えていた。



——もしかしたら、嫌なことだけを忘れたのかもしれないけれど。


「……そっか」

確かに、そう言ったのは。
僕だった。

「かわいいよ」

*****


くそおなにがテストだ!
うわあああああ

ということで気晴らしにうp。
カオスヘッドの続きみてえよおおお


——それでは、ここまでお付き合い頂いた画面の向こうのあなたに精一杯の感謝を。

― 糾蝶 ―






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