Nicotto Town


小説日記。


夢飼い。【26】





Story - 3 / 6



体感時間のズレは外界とのズレ。






気づいたら僕は乾の病室に前に立っていた。
あれ、もしかして夢落ち?
だとしたらどうしてこんなところで、と思わなくもないけど、
手にはしっかりライトノベルが入った紙袋を抱えているし、痛いところも特にない。

まあいいや。

僕は病室の扉を開けた。




飛び上がって(最悪の比喩)喜ぶ乾を見ているだけで嬉しくなれた。
極寒の中自転車を漕いでわざわざ遠回りした甲斐があったと思う。




僕は乾の病室の前に居た。
あれ、なにこれ回想?
走馬灯よろしく駆け巡った過去の記憶に戸惑いを隠せない僕は、
ひとまずの平穏を求めるため病室の扉を開けた。


「ぎやぁあああああああああああああああああああッッ」

なにこれデジャヴ。


素敵なくらい同じことが繰り返されて、僕は病室を後にした。





僕は乾の病室の前に居た。
気づくとここにいる、ような気がする。
でも自転車を漕いでここまで来た記憶が無い。

それにドアも開いてるし。
……まあいいや。


「おはよう、乾」

返事が無い。
おうとうせよ。


「……ッけほ、」
「なんだ起きてるの?返事くらいしてよ」

僕のこと嫌いだっていいからさ。

中途半端に閉ざされたカーテンを引くほどでもないなとベッドの端から身を乗り出した。
くの字になってサイドテーブルに突っ伏す乾が居た。

びくんびくんと不規則に痙攣しながら、口に突っ込んだままのスプーンの隙間から白い……お粥?
サイドテーブルには朝食のセットが置いてあった。
随分遅いんだなー、なんて思いながら、そこまで疑問にも思わず状況を整理しようとする。

乾はお粥を喉に詰まらせていた。

見ればわかるけどお粥を喉にって、どこの老人だと思って最初は思い至らなかったんだ。きっとそう。
そして僕には助ける手段がいくつもあった。

でもしなかった。

ただそれを、ぼんやり見つめていた。
大方、食べている最中に幻覚やら幻聴やらに虐められて引きつけを起こして、というところだろう。
憂いも、葛藤も無い。
僕は乾がだんだん衰弱していくのをずっと見ていた。
苦しそうな咳が小さくなって。
痙攣が引いてきて。
見開いたままの瞳から大粒の涙が溢れて、零れたお粥と混じって。

うごかなくなった。

僕が感じたのは、やけに痛い静寂だけ。
……そうだ、こんなときこそ虎崎さんを呼ぼう。

そうして僕はナースコールのボタンに手を伸ばして。


暗転した。


どうしようもない浮遊感。
宙に放り出されて、ぞわぞわと泡立つ背中。
薄暗い白の空から、綿雪が降っていた。


「……あれ」


間抜けな言葉が口からすり抜けた。

ぼくはここにいる。
ぼくは、いまどこにいる?


スローモーションの世界の中で、綿雪だけが、白く、綺麗で。

ごっ。
鈍い音がした。

がん。
視界が跳ねて。

ごろごろと。
転がっていく。

悲鳴が聞こえた。
ぼんやりと、どこからか遠く。

意識が切れる寸前、僕は見た。


清潔な病院着の裾と、真っ白な少女の素足。


「      」



笑った、ような気がした。



巽 由貴 / END. 



*****


こんなお話でした、と一概に語るにはまだまだ要素が足りません。
あと二つのエンドに付き合って頂ければ幸いです。

ですが一応、完結なのです。
由貴のお話は終わってしまいました。
あなたの豊かな感性で、「どうして」「どうなった」のかを、
もう一度読み返して考えて頂けたら、作者としてこのうえない幸せです。

よろしければ、ご感想くださると嬉しいです。


― 糾蝶 ―






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