Nicotto Town


小説日記。


罪と罰Ⅱ【言霊のロンド】1/6

ヤエの罰/ザクラの罪 Ⅱ


# - 八重桜の枯れる日


「――私を認めてくれて、ありがとう」


 蒼海カズサに引き込まれてから、私たちは軍隊学校へ通うことになった。
 だが、ヤエが断固として私を手放す(違う学年になる)ことを許さなかったため、蒼海カズサの取り計らいで、私たちは特別に上級職に就く大将などに戦闘技術を学び、6年間の修業過程を3年に短縮し、全て要塞内で終えた。言語教育を担当したのは、蒼海カズサその人だった。
 そのため兄妹は、軍隊学校へ行っていた学生たちよりも秀でた戦闘能力と知識を得ることとなった。
 本来、軍隊学校へ通うことは義務であり、逆らう事など許されなかった。
 ならば何故お咎めなしだったのか。蒼海カズサはそれを無視して兄妹に教育を受けさせてくれたのか。

 やがて見習い兵として軍の駐屯地へ赴くことになる年齢に達したが、蒼海カズサの命によって兄妹は要塞に残されることとなった。

 ――知らなければ良かったと後悔した。知って良かったと絶望した。
 けれど、この時はまだ。そんなことにさえ気づいていなかったんだわ。
 外の世界を知らなすぎた。あの屋敷は、切り離された異界だったのだ。

「……古文書の確認?」
「ザクラちゃんは本を読むのが好きだろう?この倉庫には使われなくなった古文書がたくさん置いてあってね、ジャンルごとにしっかり分けられてるはずなんだけど、もし間違っているものがあったら整理がてらに読んでみると良い。きっと面白いんじゃないか。もう印も結べるだろうし、自分で作ってみるといいだろう」

 ヤエが覚えたての印を使って上級大将と手合わせしている間、私は蒼海カズサに呼
出され要塞の中庭に来ていた。倉庫とは名ばかりの、大きな図書館のような建物だ。
 蒼海は洋風な建物が特徴的なことで知られていたが、この倉庫は取り分けてその様式を意識しているように思われた。
 天井には海外の神話をモチーフにした絵がところ狭しと描かれ、壁を覆い尽くすほどの巨大な本棚には目も眩むほどの大量の書籍が詰め込まれていた。
 各本棚には上のものを取るための梯子が掛けられていて、他にも、いくつか移動式の階段が置いてあった。
 照明代わりのステンドグラスは燦々と陽光を取り込み、この場所を絵本の中のような幻想的な雰囲気に映し変えている。
 色盲の私には、少し明るすぎるくらいだった。

 曰く、彼の趣味らしい。

 ――考えてみれば、謎だらけだったのだ。そして、尋ねるチャンスなどいくらでもあった。
 けれど私は、私たちは。知らなすぎた。尋ねるべき言葉さえ知らなかった。
 そして知ったときには遅すぎた。何もかも、手遅れだった。

「……目に関する印?」

 移動式の階段を動かして、本棚の一番上を覗いた。特に意味は無かった。
 そしてそれを見つけたのは、たまたまだった。
 〝目〟とシンプルに背表紙に綴られた、分厚い書籍。表紙を開くと、突然、電流が走ったかのような痛みを目の奥に覚えた。
 思わず自分の目を確かめるように指を這わせた。
 それでも頁を捲る手は止まらず、取り憑かれたかのように文字を呑み込んでいく。何が書かれていたのか、正直解っていなかった。
 自分の中が文字の羅列で埋め尽くされていくのを感じた。読み込まれる文字が自分自身の血液となって身体中を巡り、燃え上がるように激しく身を焼いた。
 直感する。決して自惚れではないはずだ。
 私が本を選んだんじゃない、私が本に選ばれたんだ。
 興奮でゾクゾクする。やがて本は独りでに頁を捲り、バラバラと音を立てて私を導いた。
 遠くにある景色を目の前に持ってくることの出来る印、障害物を透かして見せる印、やがて見開きで止まったのは、鷹のように天を駆け全てを見下ろす神の視点を得ることの出来る印。
 紡ぐべき言葉は、その身を焦がす溢れんばかりの知識が、教えてくれた。

「 ……神、通、鷹、見、渡……震、感、空、――天、下 」

 震える声が、印を結ぶ。そして。
 どくりと、滾る血潮が悲鳴をあげる。

「――――ッ?!」

 少女を取り巻く景色が、一瞬にして変わる。
 少女の視点は倉庫を一直線に飛び抜け、遥か上空へ、遥かなる高みへどこまでも飛翔していく。畏れを知らない鷹のように、その身に強い羽撃きさえ感じた。
 耳元で風が鳴っている。
 気づけば少女の目は、蒼海の全土を見下ろす神の視点にあった。

「……凄い」

 知れず、感嘆の声が漏れる。口元に浮かんだ笑みが消えない。異様な高揚感と優越感、底知れぬ興奮に心の底から酔いしれた。
 一種の快感にも似たそれは、悪寒となって激しく全身を震えさせる。頭が白くショートしそうになる。それさえ愛おしかった。
 こんなことが出来るなんて、こんなことが出来るのなんて、きっと私だけに違いない。カズサ様に言ったら、褒めてもらえるかしら。もっと傍に置いてもらえるかしら。

 ゴミ粒のように、人々が地を歩いていた。そこに少し目を向けるだけで、手に取るようにその人物の詳細が一から十まで頭に流れ込んでくる。
 名前、年齢、印の効果、印の持つ文字、能力とその詳細、家族構成までも。
 私に解らないことなんて無い、そんな自己陶酔に陥るほどに。
 神の視点は次に、蒼海軍の要塞へと移った。要塞内の全ての階層が透かして見え、そこに歩き、喋り、戦う人々の詳細が念ぜずとも全て頭に流れ込む。知識に溢れた頭はそれでも尚パンクすることを知らず何もかも呑み込んだ。
 ふと視界に入り込んだのは、中庭で未だ戦闘に打ち込むヤエの姿。立ち回りは、日に日に上達して大人でも少し苦戦するほどになった。相手をしているのは――神去ヒズム 。
 23歳で、将官になったのは最近みたいね。使えるのは水の印、面白い小細工が得意みたい。能力は曖昧蒙古――濃霧をもたらす。敵味方に関係なく効果を発揮してしまうのね。幻覚の作用も少し持ってるみたい。毒の霧なんて物騒な小細工もするみたいだけど、危険だからあまり使わないのね。
 薬物マニアなのかしら。そんなにナイフを持ってたって一度に使いこなせるわけじゃないだろうし、暗殺とか殲滅作戦とかで活躍する人なのかもね。チームワークが取れないのは痛手なんじゃないのかしら。
 楽天家だけど実は事なかれ主義者。平和主義なんてのは名ばかりなのね。
 口先ばかりで周囲を翻弄してのし上がってきたのかしら。加虐趣味も持ってる日陰っぽい人。猫が大好きで、反対に犬が大嫌い。
 猫のためならどこについても良いなんて思ってるようじゃあ、戦争に関して特に何も感じてないのかしら。

「ふふ、私に解らないことなんて無いわ」

 少女は一瞬にしてその全てを解し自分の物にする。もし忘れてしまったって、こうしてまたのぞき見れば一瞬だ。楽しげな笑みは留まることを知らなかった。
 次にヤエに目をやった。でも、ヤエのことなんて私なんでも知ってるわ。……けど、改めて見返すのも良いかしら。

「ごめんね、ヤエ」

でも、私はヤエのことが大好きだもの。ヤエも同じでしょう?だから、別に覗いたって怒らないに決まってるわ。
 少女は一言断って、ヤエの姿に意識を重ねた。
 その奥底から、何もかも呑み込んでやろうとして。




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