Nicotto Town


小説日記。


企画/短編 2

 

# - レインリリーの咲く場所




「先生、わたし、いつ死にますか」



 パパとママの名前。
 ……なんだっけ。
 忘れちゃった。
 私の名前、ななかまど、しいた。
 漢字は、七竈 死傷。
 しいた。
 ……違う。
 私の名前じゃない。
 でも、大切な名前。
 どうしてだっけ。
 思い出せない。

 両親の声も、
 両親の顔も、
 両親の名前も、
 火事と一緒に燃えちゃった。

 愛されていた実感と、
 腕の中の温もりだけに縋って生きてきた。

 ねえ、わたし、かわいそう?
 同情、してくれる?

 わたしのこと、助けてくれるの?
 ――――どうして?



 目を開けると、雨が降っていた。
 朦朧とする意識は重く頭をもたげ、ずぶずぶと身体を沈めていく。
 ザアザアと鼓膜を打つ音が心地いい。
 火傷した皮膚を冷やしてくれるようで、あの耳障りな火の粉の弾ける音を遠ざけてくれる。
 いつまでも頭の片隅で燃え続ける火が、いつか心全てを燃やし尽くしてしまいそうで怖い。
 火は、私から全てを奪う。
 あのオレンジ色が、視界に焼き付いて離れない。
 火は、嫌い。

「…………、……」

 意識がまた遠ざかる。
 重く、深く、けれど優しい闇は、浅い眠りは、唯一の味方だと思っていた。

「…………どうして、こんな……っ」

 パシャパシャと水飛沫を上げて近寄ってくる足音が、すぐそこまで来ていた。
 言うことを利かない身体が掬い上げられると、血の混じった泥水が滴る。
 途切れそうになる、意識の端を掴んで持ち上げる温もりが、濡れた衣服を通して伝わる。

「……必ず、助けますからね」

 視界が、ひどくぼやけていた。
 くぐもって聞こえる声は低くて、でも低すぎない、優しい男の人の声だった。
 また、水飛沫を上げて視界が上下に揺れる。心地いい振動が何もかも、溶かしてしまうような気がしていた。
 今だけ、ほんの少しだけでも良いから、その温もりと優しさを分けて欲しかった。
 じわりと目が痛む。
 縋るように白衣を握る手に重ねられた大きな手が温かい。
 冷えた肌にじんわりと伝わる体温は、自分がずっとずっと求めてきたものにとてもよく似ていた。
 掠れて、歪む意識が消えていく。
 この暖かい揺り篭がどこへ向かっているのか、知らないけれど、ただ、この温もりに縋れたことが、嬉しかった。


 大急ぎで駆け込んだ診療所の扉を、慌ただしく閉じる音が響く。ベッドへと寝かせた少女の小さな身体の全体に広がる痛々しい傷に何度も表情を歪めながら、応急処置を済ませた。
 雨に流されずに残った、涙の跡。
 ……まだ幼い少女が、どうして。
 疑問はたくさんあるけれど、今は少女が一刻も早く目を覚ますことを祈った。

「……目が覚めたら、名前、教えてくださいね」

 それから、温かいココアを飲みましょう。
 ベッドの中で静かに眠る少女に囁きながら、そっと彼女の桃色の髪を撫で続けていた。



*****

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