Nicotto Town


小説日記。


夢操作実験//Database▷case1-3




▷実験開始30分
no discrepancy
■被験者拘束
■プログラム修正完了
■被験者の異常行動なし

移行▷phase2
■隔離
■感覚置換実験


*****


 ふっと、目を覚ます。
 そこはさっきと違う、銀色の天井。
 鈍く冷たい金属の壁。
 ……頭が痛い。
 アイスピックでガンガンこめかみを叩かれるような痛みが、ずっとずっと頭の芯まで貫いていた。
 窓も、テレビも、本も無い。何もない部屋。あるのは剥き出しのトイレと、4台の監視カメラがその目を天井からギラつかせていた。
 起き上がる気力がない。
 でも、ここから逃げ出さないと。
 そう思って、ゆっくり、ゆっくりと身体を起こす。壁が割れた。
 何もない壁にスっと縦筋が入って、そこからナースが入ってきた。ドアノブが無いけれど、そこが入口なようだった。
 ナースは食事をキャスターで運んで、耳に金属の棒を入れきた。あの激痛を思い出して身が竦む。
 けれどナースはすぐに出して、何もいわずに出ていった。 
 能面のように無表情で、人形みたいだと思った。
 食事はパンとゆで卵とサラダとオレンジジュースだった。枕元には、なぜかまだイチゴミルクが置いてある。
 手をつけずに、紙パックの中身をまた一口飲んだ。
 
 頭痛が酷い。
 何もする気力が沸かない。
 でも、眠ることも出来ずにベッドに横たわっていた。
 何もない。
 無味な部屋。
 光が見たい。
 鏡が見たい。
 今の自分を、確かめられる術が欲しい。

 知っているのに知らない、この異様な世界。
 ここは一体、どこなんだろう。

 怖い。怖くて、不安で、今すぐここから逃げ出したい。
 手を伸ばした。
 パタリと落ちた。
 寝返って、転がるように足を付いた。
 でも、上手く立てなかった。
 足がフラフラして、また、頭がぐるぐるする。
 力が抜ける。
 倒れこむ。
 膝が痛い。叩きつけた頭が、
 激痛。
 気絶。
 起きる。
 また、金属の天井。
 知らない臭いが鼻の奥に突き刺さる。
 痛い。
 いたい、頭が痛い。
 あれ、起きたんじゃなかったっけ。
 なんで、また寝てるんだろう。
 おかしい。可笑しい。
 さっきのは夢?それじゃあ、これは夢?
 また、ベッドの上で寝返りを打つ。足をついて、ゆっくり、ゆっくりと起き上がった。
 吐いた息が荒い。
 心臓が、耳元で鳴っている。
 頭痛が考えていること、しようとしていること、全て目眩にして、ぐるぐる、ぐるぐる回る。
 立っているのか倒れているのかすら分からない。
 瞬き。
 覚醒。
 また、ベッドの上。

 なにこれ

 乾いた唇が、そう呟いた。
 頭痛を堪えて視線を走らせる。目、目、目、目。
 監視カメラがずっと見ていた。じっと見ていた。
 目を閉じる。
 怖くなって、目を閉ざした。
 頭痛とともにガンガンと疼くこめかみと、ドクドク鳴る鼓動の音がリンクする。
 痛い。
 死ぬ。
 助けて。
 誰かに脳みそを掻き混ぜられているような気がした。
 
 あ、

 と声が漏れる。
 濁った音。
 それが、自分の喉から出ていると気付いた瞬間、悲鳴を上げた。
 バチバチと目の前が爆ぜる。ボロボロと涙が溢れる。
 痛い、いたい、やだ、なにこれ、なんで、痛い、助けて。
 寝返り痛い打って悶える。痛い荒い息が、悲鳴と混じって痛い過呼吸になり痛いそうだった。
 耳鳴りがする。
 羽虫の立てる低い音が、ブゥゥゥゥンと鼓膜の奥で鳴り響く。目が破裂する。舌が裂ける。喉が破ける。

 悲鳴。

 迸る悲鳴が、おぞましい怪物のように甲高くなって、潰れたカエルのようになって、獣の唸り声になる。
 ベッドのスプリングが軋む。瞬間、背筋にゾワゾワと震えが走った。
 抗えず身体が仰け反り、肺に残った空気を吐き出す。
 身体の表面を、何かが、無数のヌメヌメした手のようなものが、撫ぜていた。
 悪寒。
 耐え切れない何か。
 体中から汗が噴き出した。
 熱い。溶けそうなほど熱い。全身がムズムズする。
 頭の中、脳の奥。痺れる熱が蝕む。
 荒い息。短い吐息。
 足の先が引き吊った。ベッドの上で、握り締めたシーツにシワが寄る。
 立て続けに与えられる刺激の渦。
 口の端から垂れる唾液が冷たい。
 ビクビクと痙攣する四肢が、自分のものじゃないみたいだった。
 無重力空間に放り出されたように意識がふわふわして、朦朧とする。
 反らせた喉は破れてなんかいないし、目もまだ見える。
 でも、途切れとぎれの鼻にかかったような声が、耳障りだった。激しく上下する胸は酸素をいくら吸っても苦しいままだった。
 投げ出した肢体は相変わらず自分の指示では動かない。火照った身体が、ときおり余韻に揺れた。
 銀色の天井を虚ろな目で見ていた。カチカチと、頭の奥で何かが鳴っていた。
 時計の音だと、無意識に思っていた。
 ぐっしょりと汗を吸った服がいつの間にか、鳥肌が立つほど冷たくなっていた。
 寒い。
 奥歯がガチガチと音を立てる。
 違う。時計の音じゃなくて、自分の奥歯の立てる音。
 寒い。
 さむい、寒い。
 凍え死ぬ。
 嫌だ。いやだ、こんなところで死ぬなんて。
 ここはどこなの。なんでわたしなの。
 助けて、誰か、覚めて、また覚めて。夢なら――――

 夢

 ゆめ?

 目を見開く。
 途端に寒気が引いていく。
 鉛のように重い身体は綿毛のように軽くなり、起き上がる。
 監視カメラ。
 ここで、ずっと、見ていた?
 誰が、なんで、わたしを。
 違う、今は良い、そんなことは。
 逃げたい。逃げたい、ここから逃げ出したい。

 ビキ、と天井が割れる。
 握った左の手のひらに、燃え盛る炎の玉が現れる。
 ああ、なんだ、やっぱり。

 やっぱり夢だったんだ。

 鉄の壁に向かって投げつける。炎の玉は鉄を溶かし、奥の廊下まで貫通して、白衣の教授たちを焼き殺す。
 床を蹴る。空を飛ぶ。
 振りかざした両手には、身の丈を10倍上回る炎の剣を握る。
 教授とスーツの人たちは、一斉に銃器を構えてやって来る。

 わたしにはそんなものあたらない

 だって、ここはわたしの夢なんだから



*****

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