Nicotto Town



脚無きセキレイとの架空対話


貴方を初めて見たのは六月でした。
左の足を根元から失って 羽ばたきを小刻みに繰り返しながら
人通りの多い朝の繁華街を 餌を求め跳ね回っていました。

暫く眺め続けた私はふと我に還り
貴方を見つめ続けた理由が 自らより弱き者を心の支えにしようとする脆弱か
自らを貴方に重ねようという傲慢なのか考え 立ち去ることに決めました。

ああ、覚えている。
不幸なものを見て悦に入る馬鹿の一人だろうと思ったよ。
お前が私に憐憫を垂れなかったのは お前にとっては良かったのかもしれぬ。

秋の雨の日 下校を急ぐ学生の隙間を縫って小刻みに飛んでいた貴方が
ベンチの上にうずくまったとき 両脚を失っているのが分かりました。
貴方を攫おうという不遜な考えとしばらく戦い そして立ち去りました。

ああ、覚えている。
私を捕えなかったのは お前にとって僥倖であったのだ。
お前は お前の心象が博愛とはかけ離れたエゴだと理解しているのだろう。

さて ここのところ貴方に出会わなくなりました。
それなりに飾り立てられた中規模の商店街のイルミネーションの隙間に見える
ささいな暗がりを眺めます。おそらくは そこにいらっしゃるのですね。

ああ、私はそこにいるし、あちらにもいる。
お前はすでに私の名を知ったはずだ。私は遍在しているのだから。
私がどんな眼でお前を眺めているか すでにお前は知っているはずだ。

はい。
私が言えることはおそらく一つなのでしょう。
「ありがとうございます」。




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