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盗月Blog——島村抱月TextData——


島村抱月・著『近代文藝之研究』のテキスト・データ化ブログ。2014年02月に全文のデータ化終了。只今入力ミス等の校正進行中。

■近代文藝之研究|研究|知識ある批評(4)

■近代文藝之研究|研究|知識ある批評 (4)

盖し世の短見者流が往々にして懷く誤謬は、批評を以てさながら、創作者の爲めにするもの、隨つて創作者は批評家に對して「我れは批評を要せず」といふの權利あるかの如く思惟すること、是れ一、次には批評が單に創作の後に生ずるといふを以て、直ちに批評は創作の下位に隷...

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■近代文藝之研究|研究|知識ある批評(3)

■近代文藝之研究|研究|知識ある批評 (3)

批評はそも/\如何にして起こるか。一文藝に對して下したる價値の判斷、及び此の判斷の知識的説明、此の二要素が批評といふ言葉の正常な内容である。此の作品は美しい。彼の作品は美しく無い。美しいにも甲と乙とは程度が違ふ、丙と丁とは具合が違ふ。此所までは我等の文...

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■近代文藝之研究|研究|知識ある批評(2)

■近代文藝之研究|研究|知識ある批評 (2)

眞に豐熟した創作心には、決して知識の蔑視といふことは含まれて居らぬ。あらゆる知識、最高の知識を悉く自己以内に沒収し去らんとするところに、大いなる創作心の威嚴が存するのであらう。創作に取つては、知識は擯斥すべきものでなく、招徠すべきものである。秀吉ほど家...

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■近代文藝之研究|研究|知識ある批評(1)

■近代文藝之研究|研究|知識ある批評 (1)

    知識ある批評

       鑑賞┐  ┌研究的──美學
         │  │
         ├批評┤   ┌人格的┐
         │  │   │   ├力を説理に代ふ
         │  └説定的┤文學的┘
      ...

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■近代文藝之研究|研究|近代批評の意義(30)

■近代文藝之研究|研究|近代批評の意義 (30)

而してアーノルドの説くところも結局は文藝を道徳上の實目的、若しくは評者の個人格から離れて批評せんといふに歸する。文藝は文藝みづからの目的法則に從つて判斷せよ、他より標準を〓(「ニンベン」+就)ひ來たる勿れといふのが中心の趣意である。アーノルドの説は...

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