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盗月Blog——島村抱月TextData——


島村抱月・著『近代文藝之研究』のテキスト・データ化ブログ。2014年02月に全文のデータ化終了。只今入力ミス等の校正進行中。

■近代文藝之研究|時評|文學入門者に(15)

■近代文藝之研究|時評|文學入門者に (三)(4)
結論は作者一個の直觀、一個の人生觀、天地觀で差支ないが、その人生觀、天地觀が深さを有して來るには一分の哲學的傾向があつて欲しい。哲學者にはならずとも宜いが、哲學者的の深さはつて欲しい。只問題は其の哲學的考察に囚へられて了つて、折角の創作心を破壞する...

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■近代文藝之研究|時評|文學入門者に(14)

■近代文藝之研究|時評|文學入門者に (三)(3)
作を讀むことに聯つての難問は理論上の研究は如何するかといふことである。古來理論の研究は却て創作の邪魔になるといふ説と、邪魔にはならぬといふ説との二があつて、未解決であるが、近代文學の傾向より考ふるに、或程度迄の理論の修養は必要であると思ふ。科學者た...

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■近代文藝之研究|時評|文學入門者に(13)

■近代文藝之研究|時評|文學入門者に (三)(2)
之に次いでは西洋ならば前代に進むところであるが、日本では過去に歸るよりも西洋のものを讀んだが宜い、これは日本現代の作物と同時に讀んでも差支えない。然しなるべくは日本現代が大抵わかつた後、西洋の者を逆まに讀んだが宜い。それが十分に纏まつたらば、過去の...

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■近代文藝之研究|時評|文學入門者に(12)

■近代文藝之研究|時評|文學入門者に (三)(1)
      三
次に此の研究の次第は修養といふことに及ぶ、文學者たるべき人は如何なる修養をなすべきか。文學の研究、文學の修養といふことは何時でも矛盾した意味を伴ふ。研究修養といふものは兎角知識上の活動を多分に含む、然るに文學は感納するものであつて、...

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■近代文藝之研究|時評|文學入門者に(11)

■近代文藝之研究|時評|文學入門者に (二)(7)
圓滿性とはいへ、批評家たるべき人の要する圓滿性は、作家たるべき人の要する特性と同意味に於て所謂聖人君子が有する圓滿性とは一寸違つた所がある。その點でいふと批評家もやはり作家と同じく、物の根本を直觀する力があり、情を以つて物を温めるといふ如き力を有す...

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