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盗月Blog——島村抱月TextData——


島村抱月・著『近代文藝之研究』のテキスト・データ化ブログ。2014年02月に全文のデータ化終了。只今入力ミス等の校正進行中。

■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に…(21)

■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 六(4)

「さうですね、それは、ちやうど今の前《さき》私《わたし》が此の墓石を見てつく/″\と感じてゐた所と一致した一つの感じですが、言はゞ、藝術は如何なるものをもブライトにする、藝術の標徴はブライトネス、プロスペリチー、プレジュラブルネス...

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■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に…(20)

■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 六(3)

「いや私《わたし》の考は少し違ふ。あれはアブスツラクト、アイといつて、深く思想を一事に集中してゐる時の状態ぢや。眼《め》は明いて居ても何も見當《けんたう》をつけて見てはゐない表情ぢやと思ふ。私《わたし》には寧ろ何か我々には聞こえぬ靈妙の音樂ど...

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■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に…(19)

■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 六(2)

「お父つさま、此の像をよーつく見つめてゐますとね、笑つて來ますよ。そら御覧なさい、ね。」
と眼《め》は我れの方《はう》を見ながら、娘がいふと、
「あ、それは此の像についての有名な話ぢや。是れはもと墓作りのジョンソンといふ土地の石工が刻んだもの...

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■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に…(18)

■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 六(1)

      六

後年|巴里《パリイ》にナポレオンの墓を訪うた時は、其の構造の如何にも壯麗を極めてゐるに拘らず、金粉榮華の底に、堪へられぬ程の淋しさ物悲しさを感じ、愴然として寺を辭したが、シヱークスピーア[#「ヱ」は小文字]の墓に詣でゝは、我...

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■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に…(17)

■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 五(6)

由來英雄の追懷は如何なる莊嚴美麗の形に於いてするも、畢竟生時の燦爛と死後の變易《へんえき》荒廢《くわうはい》との對照に外ならぬ。玉壘浮雲、無主の江山、何れか廢墟を痛《いた》み荒殘を哀《かな》しむの情でなからう。所詮英雄を弔するの意は荒廢を弔す...

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