■近代文藝之研究|時評|今の文壇と…(2)
- カテゴリ: その他
- 2011/10/01 23:17:33
■近代文藝之研究|時評|今の文壇と新自然主義 (2)
而して此の同じ潮は我が文壇にも打ち寄せて來て、近時殊に勢いの急なのを認める。詩壇はなほ流石にワーヅワース程な技巧無用論者も出て來ぬやうであるが、散文壇殊に小説壇は漸く大膽なる技巧無用論によつて大半を領せられんとしてゐる。近來の小説壇に於いて最も著...
島村抱月・著『近代文藝之研究』のテキスト・データ化ブログ。2014年02月に全文のデータ化終了。只今入力ミス等の校正進行中。
■近代文藝之研究|時評|今の文壇と新自然主義 (2)
而して此の同じ潮は我が文壇にも打ち寄せて來て、近時殊に勢いの急なのを認める。詩壇はなほ流石にワーヅワース程な技巧無用論者も出て來ぬやうであるが、散文壇殊に小説壇は漸く大膽なる技巧無用論によつて大半を領せられんとしてゐる。近來の小説壇に於いて最も著...
■近代文藝之研究|時評|今の文壇と新自然主義 (1)
時 評
今の文壇と新自然主義
之れを文藝上の事實すなはち作品についていふも、また之れを理論上から研究した結論に徴するも、技巧の美と内容の美と美學上の二元が動〓[#踊り字「二の字点」もすれば相背いて分立し行く形跡を示すと...
■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 十(2)
そしてスツラッフォート、オン、エヴンの一日の紀念《きねん》は永《なが》く消えざるべしと書いて、末に當日讀んだソンネッツの一節が抄してある。[#ここから5字下げ]When to the sessions of sweet silent thoug...
■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 九(7) - 十(1)
耳を澄ませば彼方《かなた》の牧場には銀絃《ぎんげん》を彈《はじ》くやうな蟲の聲、寺を周《めぐ》つてさゝやくものは、楡《にれ》や菩提樹《ぼだいじゆ》の葉に戯れる風《かぜ》。あゝ此の時、願はくは舟に樂手《がくしゅ》のあれかし。樂器は...
■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 九(6)
我等はちよつと答へかねたが、娘は滿足の體に見えた。オックスフォードのインで見た時、直接に彼れに質《ただ》して見れば好かつたと不圖《ふと》考へて、思直せば、何の事、それは平生我が空想から造り上げてゐる夢に過ぎなかつたのである。ホテルへ歸る途々も、...