■近代文藝之研究|研究|ドイツ近代の銅像…(7)
- カテゴリ: その他
- 2011/01/05 23:29:20
■近代文藝之研究|研究|ドイツ近代の銅像彫刻 (7)
ラウホがフレデリック大王の像を刻んだのは、千八百五十一年であるから、正に彼の技の老熟した時代である。像は凡て四十四呎の高さに上り、大王が右手に撞木杖を持ち、毛皮の外套をゆるやかに羽折つて逞しい馬に跨がり、凛然として行手を見やつた姿である。俊邁の...
島村抱月・著『近代文藝之研究』のテキスト・データ化ブログ。2014年02月に全文のデータ化終了。只今入力ミス等の校正進行中。
■近代文藝之研究|研究|ドイツ近代の銅像彫刻 (7)
ラウホがフレデリック大王の像を刻んだのは、千八百五十一年であるから、正に彼の技の老熟した時代である。像は凡て四十四呎の高さに上り、大王が右手に撞木杖を持ち、毛皮の外套をゆるやかに羽折つて逞しい馬に跨がり、凛然として行手を見やつた姿である。俊邁の...
■近代文藝之研究|研究|ドイツ近代の銅像彫刻 (6)
斯やうな建築界のシンケルと絶好の一幅對と見られたのは即ち彫刻界のラウホである。彼れの彫刻樣式も亦た當時の風潮と相合して、クラシカルであつた。たゞ彼れの一大飛躍は、紀念彫像によつて寫實的意義を斯界に導き入れたことである。勿論彼の刀法は何所までも古...
■近代文藝之研究|研究|ドイツ近代の銅像彫刻 (5)
彫刻界のラウホを説けば、勢い傍らに建築家のシンケル(K.Schinkel 1781-1841)のゐたことを想ひ起こさゞるを得ない。シンケルとラウホ、是が實に十九世紀上半のドイツの美術界を支配した名である。シンケルは千八百二十一年にベルリンの帝國...
■近代文藝之研究|研究|ドイツ近代の銅像彫刻 (4)
ラウホといへば、或は名を忘れてゐる人があるかも知れぬが、ベルリンの菩提樹街頭に立つてゐる、あのすばらしいフレデリック大王の馬上像の彫刻者といへば、知つてゐる人は容易にうなづくであらう。ベルリン中にある銅像の數は何百か知れぬが、美術史上の偉觀とし...
■近代文藝之研究|研究|ドイツ近代の銅像彫刻 (3)
今ドイツに於ける近世の彫刻發達の次第を見るに、普通其の中興の祖を十九世紀の始めに榮へた彫刻家シャドウ(G.Schadow 1764-1850)に歸する。夫のベルリンの正大門とも見るべきブランデンブルグ門の上に安置せられるクォドライガの馬車像、佛...