Nicotto Town


エレウシス


すみません

最近、よく「“すみません”でなく“ありがとう”と言おう」
という話を見る。

感謝を受けることは嬉しいからだ。
言われた方が嬉しいからだ。
これは一つの卓見だと思う。
・・・思うのだが。



日本の敬語には「尊敬語」と「謙譲語」というのがありますね。
 相手を敬うこと。
 へりくだること。

「ありがとう」ってどちらでもないんですね。
“ございます”を付けて初めて丁寧語です。


「すみません」という言葉は悪くない。
相手への感謝と共に自らを反省する言葉だからだ。

「ありがとう」には感謝の気持ちはあっても
自らの反省は込められていない。


例えば、混雑する電車の中でベビーカーを入れる母親。
これ、論争起きたりしてますね。

私としては、子育ての苦労はわかるので、
ベビーカーを乗せること自体は
悪いことだとは思っていない。

だが、これは比較の問題であって、
子育てだけが大変な苦労を伴うものではない。
仕事だって大変だ。
加齢だって大変だ。
通学だって大変だ。

だから、ベビーカーが「いつも優先」というなら反対する。

周囲に対し、「すみません」の気持ちがある人だと見れば
べビーカーを乗り入れようが、場所を譲る。
「ありがとう」と当然のように乗り入れる人なら
私は周囲の迷惑を考えるように言う。

「ありがとう」ばかりを当然のように使う人は
自らを省みることがない人だと感じる。
繰り返すと、そのうち、それが「当たり前」になってしまう。

「当たり前」になってしまうと、「ありがとう」さえ出てこない。
そのような連中、よくいますよね?


「すみません」を多用する人は、自らを省みる。
そして、自分はどうすれば良かったかを考える。

だから、私は交流するなら
「すみません」と、まず言える人がいい。
本当に相手の気持ちに立って
行動を考えることが出来る人だから。

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2014/05/07 22:51
皆さん、コメントありがとうございます。

基本は、みゆ さんのおっしゃるとおり、
まず「すみません」、そして「ありがとう」だと思うんですね。

で、ベビーカーの件につきましては、前提があります。
ベビーカー論争でも、マナーの話になっちゃってて、
そもそも論が不足してるので、あまり認識されてないんですけど。

 1.危険性の問題
   ベビーカーは脱輪・ドアへの挟み込み・急停車の転倒などに危険があります。
   私自身、何度も脱輪現場に会ってます。
   車椅子の方は脱輪の危険があるため、乗降に駅員が立会いますが、
   車輪のサイズからそれ以上に危険なものなのです。

 2.運送規約の問題
   車両に持ち込み可能な手荷物は縦横高さ合わせて250cm以内という決まりがあります。
   コンパクトサイズなら範囲内ですが、大きめのベビーカーは越えてしまいます。
   しかも、これはカバン等に入っていることを前提としています。
   ごつごつしてたら、人に当たると危ないので。
   持ち込み件数の多い、例えば、自転車は分解してバッグに入れること、
   サーフボードも袋に入れること、という規程をワザワザ作っています。

ということで、安全性から見ても、規定上もそもそもベビーカーはアウトなんです。
それでも、子育ては大変だから、何とかしてあげられないか。
ここが出発点なんですね。

本来であれば、ベビーカーを乗せるなら
最低でも、子供をおろして折りたたむ。
子供の安全を考えれば、これが当たり前なんです。

そこが意識されないまま、マナーの話になってしまうから
「乗せて当然」「場所とって迷惑」だけで進んでしまう。

まず、子供を乗せたまま、固定も出来ない車内に乗り込む、
これが安全性に問題のある異例なこと、
という認識がなければなりません。
一朝、事故が起これば、一番の被害者になるのは子供。
そして、ベビーカーにぶつかる同乗者なのです。
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2014/05/07 21:18
このブログわかる気がします。

ですがわたしもよく「すみません」の方を多用してしまいます。
本当に「悪い・悪かった」と思うことが多々あるからなの。

ありがとーも言わない人も多数なのは論外ですが。。。。

確か都会ではこの度「ベニーカー」もどうぞという車両かな?
それができたのNHKのニュースで観ました。
専用でもすみません、ありがとうございますは必要かな?

わたしには兄夫婦がいるのですが、いつも車の運転で
女性車両に多数「女だから譲ってくれて当然」といったドライバーを見かけては、兄は逆ギレしそうになると、
毎度ぶつくさ不平を言っています。
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2014/05/07 14:02
何だか何でもかんでも「すみません」的だとちょっと違うような気がします。
仕事柄「申し訳ございません」とか「有難うございます」という言葉はよく使いますが・・・
客観的に見て「私がもしこういう立場なら・・・」と思うと自然に場所を開けますが
こういう客観的に考える人が少なすぎると思います。

ベビーカーを題材に取っていますが、もし嫌な顔をしているその女性が同じ立場に
なった場合どう思うでしょう?
「当り前」とか、「すみません」という気持ちより、客観的に考えることはもっと必要だと思います。
それが「お互い様」という考えになるのではないでしょうか?
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2014/05/06 21:45
相手の気持ちを考えての「すみません」は必要だと思います。
自分自身の行動を反省して、次にどうすれば良いかを考える。

でも~何か注意されたら何に対しても「すみません」
口癖のように「すみません」
そんな心のない「すみません」が多いのが悲しいです~
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2014/05/06 21:07
まあすべて国全体が悪いんですけどね…
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2014/05/06 18:29
迷惑をかけて申し訳ない反省の気持ちと感謝の気持ちはどちらも大切だと思うので、個人的には両方言えばいいと思う派ですー。
例えばベビーカーの件も、小さい子を連れていると、仕方がないとはいえご迷惑をおかけして申し訳ない気持ちになるし、見知らぬ方に親切にして頂くことがありますよね。
そういう時に「すみません、助かりました。ありがとうございます。」って頭を下げる。
そして、子供が大きくなったら、ベビーカーのお母さんの大変さや助けて頂くありがたさを身をもって知っている分、今度は自分が手助けをする。
反省して感謝する、そういう当たり前のことができる人が増えて、ベビーカーのような不毛な論争がなくなるといいなと思いますー。



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