○○の常識を疑う
- カテゴリ:日記
- 2014/01/28 22:09:28
常識を疑う。
よく言われる話です。
ちょっと変えて。
「常識を言う人」を疑う、てのもあるかと。
「○○は○○では常識」というロジックは
有無を言わせないようでいて、前提を隠している。
「消費税はもっと高いのが欧米の常識」
→贅沢品にかけて、生活必需品にはかけません
「ビッグデータは有効利用が欧米の常識」
→その前提のプライバシーポリシーの有効表示、49カ国中45位。
それ以前にsuicaデータ販売事件、違法だし。
「ホワイトカラーの生産効率が高いのは常識」
→部下の残業は上司の無能さの証明というのが常識。
フランスでは残業取締りで内需拡大。
都合の悪いことは隠して、一部だけを「常識」としてうたう。
ちなみに
「発送電分離は欧米の常識」
「靖国参拝が問題なのは世界の常識」
「秘密保護法に厳しい第三者機関がチェックを入れるのは世界の常識」
というのもあったりしますが。
結局、「自分がやりたいようにしたいとき」
都合よく「常識」を振りかざすんですね。
こういう人たちは。
なお、「欧米の常識」を使うのなら
「中国の常識」とか「アフリカの常識」とか
「ポリネシアの常識」とか「サントメ=プリンシペの常識」とか
言ったっていいじゃないかとも思う。
欧米が正しいとは限らんじゃないか。
同様に「東京の常識」もかなり怪しいですね。
原発の影響を受けている地域では、
「東京が電力使いすぎるのが悪い」
というのは一般的な感覚です。
自分が非常識人だと言って回ってるのと同じ
「努力」という言葉もそう
自分で言う人は自分は努力をしないと言って回ってる様なもの