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つくしのつれづれノート


池田屋事件150周年

今日はあの新撰組が大活躍した池田屋事件からちょうど150年目の節目だということです。
1864年7月8日の池田屋事件(旧暦だと元治元年6月5日)といえば後の明治維新成立までの幕末動乱の中での重要事件であり、新撰組を語る上で欠かせません。
そこで今回はこの池田屋事件について考えていこうと思います。



まずは事件のあらまし
時は幕末、黒船来航に始まる西洋列強の脅威の前に、千年王城である京都は日本の行く末を巡って幕府を始め力を持ついくつもの雄藩が集まり一躍政治の中心地となっていました。(それに惹きつかれるように志士たちをはじめとする脱藩浪人が街中を徘徊するようになって京都の治安が悪化したわけです。新撰組はそれを取り締まる為の組織でした。)
池田屋事件の前年、雄藩の中で最も過激に尊皇攘夷を唱えていた長州藩(天皇を頂点に頂き外国勢力を排除するという意味長州藩は尊王攘夷を題目の倒幕考えていたらしい。)が排除されてしまいました。(八月十八日の政変)、
しかし長州藩の排除で劣勢になった尊王攘夷派は勢力挽回を図ろうとしており、その中の宮部鼎蔵を中心とする一派が裏でとある計画を企てていました。

それは計画京都のあちこちで放火し、
放火の混乱と共に会津藩主松平容保(京都守護職)・一橋慶喜(後の15代将軍)など暗殺、
さらに京都御所にに押し入り当時の孝明天皇(明治天皇の父)を拉致し天皇を担いで一気に攘夷を進めてしまおう…
というとんでもないものだったそうです。
(祇園祭の混乱の最中に実行するつもりだったといわれる)

ところがその為に用意していた武器類や書類の保管していた店が新撰組に摘発され、逮捕した店主・古高俊太郎の自白(副長・土方歳三の拷問による)によって計画が露見、新撰組は宮部ら攘夷勢力の先手を打って総がかりで探索を始め(近藤勇・沖田総司・永倉新八・藤堂平助らと土方歳三・斎藤一・原田佐之助・井上源三郎など蓋手のグループで探索したという。)、
近藤勇のグループが宿屋・池田屋において会合中の宮部鼎蔵ら攘夷浪士たちを発見し斬り合いの末後から駆け付けた土方らの応援もあって制圧、攘夷側の恐るべき計画を未然に防いだというのが池田屋事件ということらしいです。





この池田屋事件に関する評価は
・池田屋事件の結果維新が数年遅れたと主張する評価
・池田屋事件によって逆に各地の志士を刺激して維新が早まった
…と様々らしいです。
(歴史小説の司馬遼太郎なんかは池田屋事件が無ければ薩長土肥による維新は永久に来なかったと主張してるそうだ。)


まあいろいろ議論はあるんですけど、わたしミカサとしてはもし宮部鼎蔵らの計画が成功していた場合、
攘夷派を目的のためには多くの一般人を巻き添えに殺してもかまわない史上最悪のテロリストと世間から見なされて攘夷派への支持は確実に悪化、長州藩は消滅してたと思います。


宮部鼎蔵らの計画を現代風に言いなおすと
・一般人ごと放火による京都大火で焼き殺し
・その混乱の中で政府の要人を暗殺
・国家元首(天皇だったり・首相だったり・大統領だったり)を拉致
と9,11テロと何ら変わらない凶悪なテロそのものであるわけで、9,11テロの後アメリカが二週間以内にアフガニスタンに戦争を仕掛けて滅ぼしたことを考えれば宮部ら攘夷派が企てた計画がどれだけヤバいものだったかは理解できるかと思います。
後の維新三傑の一人として名高い桂小五郎(木戸孝允)が宮部らの計画に反対したとよく言われますがそれも納得です。
(直後に長州軍が禁門の変を起こし京都を戦火で焼き、二度の長州征伐を受けることになりますがもし宮部らの計画を実行していたら、幕府は長州征伐と比にならない兵力で長州藩を滅亡に追い込んでもおかしくないと思います)


そういう意味では池田屋事件は後の大政奉還・戊辰戦争・明治維新…へ続く世界史上の奇跡といわれる目にもとまらぬ日本の近代化の流れへと舵を切った画期的な事件だと思います。

そんなわけで幕府の守護者の立場として不本意かもしれませんが
池田屋事件で活躍した新撰組は近代日本への道を切り拓いた救世主といえるかもしれません。
ある意味歴史の皮肉ですよね。




ちなみにドラマや映画などで池田屋事件のイメージといえば映画「鎌田行進曲」やドリフのコント(主に加藤茶と志村けん)でおなじみの
階段落ちだと思いますwww
池田屋の入口へ入ったらど真ん中にでかい階段があり底を登ったところに現れた斬られ役が新撰組に斬られて派手に階段を転げ落ちるというアレ

…ところが実際の池田屋の京都の町屋作りは階段落ちの様な入口の目の前に大きな階段が陣取ってるような構造はあり得ないのだそうです。
そういう意味で一番池田屋事件の描写がリアルなのは04年大河ドラマ「新撰組!」だといえます。このドラマでは実際の池田屋の図面をもとに忠実に再現したセットで撮影が行われたわけで、せまい家屋の中での斬り合いが大変リアルに描かれています。
この「新撰組!」の池田屋事件は時代劇の屋内でのチャンバラシーンとして大傑作だと思います。








※なお池田屋事件のあらましの末尾に「らしい」を付けたのは宮部鼎蔵らの京都大火・要人暗殺・天皇拉致という計画に対する記録が新撰組側の資料にしか無いらしく、新撰組の活動の正当化や攘夷派の信用失墜を目的としたねつ造の可能性もあるらしいです。
もしそうであるならまた違った印象で歴史の流れが見えてくるかもしれません。

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2014/07/09 19:01
有効 様へ…いつの時代にもあるべき道を進むのに足を引っ張る愚か者の政治家はいますよね。
ただ歴史上どの時代においてもそうなのですが対立してる一方を悪・一方を善と決めつけることはできないんですよね。今回凶悪なテロリストと断じた志士側だって維新によって近代国家の礎として顕彰されていますし、新時代を作ろうと暗躍した志士側から大悪党とされた新撰組でさえ治安維持のために働いていたわけですからね…
でも新撰組は組織内での内ゲバ・粛清が多くてあまり好きではないですね。(組織としては過激なテロ組織同様もろい感じがします。)救世主というのも怪我の功名的な感じがしますね。

それにしても「白桜鬼」ってやっぱり面白いですか?「宇宙戦艦ヤマト2199」と「いなり、こんこん、恋いろは。」のヒロインのCVだった桑島法子の代表作ときたもので…
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2014/07/09 18:45
saki 様へ…山本耕史の土方歳三は当初実際の写真やザ・土方の栗塚旭に比べて童顔に感じたのですが、大河が終了した後に放送された続編「新撰組!!土方歳三最後の一日」は舞台演技さながらの迫力で背筋がゾクゾクしました。思えばここから山本耕史の時代劇スターの道を歩んでいったのですね。
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2014/07/08 23:17
某乙女ゲームで池田屋事件のことは知ってました。新撰組最大の事件だそうですね。
しっかし日本の政府には、昔から頭がおかしい人たちがいたんですね…。
新撰組ってちょっと悪いイメージがあったんですが、この事件で結果的に多くの人々を救ったんですね。
救世主というより、個人的にはダークヒーローっぽいですね~。
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2014/07/08 23:14
こんばんは。
『新撰組!』は好きでした。よくできていましたねー。
あの大河で、山本耕史のファンになったんですよー。
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2014/07/08 23:05
蘭丸様へ…階段落ちのお階段と共に沖田の吐血もフィクションとのことらしいですが、あの「新撰組!」では実際の池田屋の狭い階段での≪階段落ち≫と沖田の吐血もキチンと再現しているんですよね。
「新撰組!」って結構年輩の方からは役者が若過ぎて不評だったけど新撰組の要素をこれでもかと凝縮した濃い作品だったと思ってます。(逆に濃過ぎて池田屋事件の後見るのがしんどかったですwww)
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2014/07/08 22:43
大河ドラマ新撰組!で見た光景が脳裏を横切りました!
池田屋といえば”階段落ち”と”沖田の吐血”
この二つが無ければどうも落ち着かない(笑)
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2014/07/08 22:38
そうじゅん 様へ…志士も明治維新を実現したことで近代日本の礎になったわけですから、テロリストと偉人の味方ってホント紙一重なんだなあと思いいます。
ただ幕府と志士側のどっちが効率よく近代化を推進で高を考えたら、幕府が近代化をするには組織は古く保守派が多そうな感じがするので、やはり志士側が成し遂げた明治威信でよかったのかなと思います。
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2014/07/08 22:26
そうですか。それでタウンに抜き身の刀をさげた連中が
うろうろしていたのでしょうね。

ちなみに小生の4代前は大の勤皇家でしたので、
場合によってはばっさりと刀の露と消えていたかも
知れませんな。

幸い、先祖は生き延びて明治政府に仕えましたとさ。




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