■近代文藝之研究｜研究｜ルイ王家の夢の跡　二(１)

　　　　　　二

ルイ家《け》三代の文明は、煥發して、ヴヱルサイユ［＃「ヱ」は小文字］の宮殿となれり。宮殿の全部は、やがて一彙の藝術にして、富麗豪華の態、眞に世界の何ものも以て比するに足らず。十七八世紀の歐洲の文華は、佛蘭西に精粹を萃めて、此の一宮殿に結晶せりと見るべし。ポツダムなる無憂宮の規模は、獨乙國民が示して世界の誇りとするところなれども、ヴヱルサイユ［＃「ヱ」は小文字］の原本に比すれば、氣品に於いて、はた技巧に於いて、同日の談にあらず。
ヴヱルサイユ［＃「ヱ」は小文字］の宮殿がブールボン家三代百餘年の間に於いて多少の變易増減を經たるは言ふまでもなし。ルイ十四世に驕妃マントノンあり。麗はしきこと雪の如く、冷やかなること氷の如く、舊教の狭隘なる情味に矯飾虚榮の色を塗りて、こゝに一代の風尚を作り出だしぬ。ルイ十四世期の文明は、此の意味に於いて一婦人マントノンの導くところ、彼の女もまた大いならずや。ヴヱルサイユ［＃「ヱ」は小文字］の藝術に其の風あるは、固より異しむに足らざるなり。



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＊註１：文明
「文」の旧字体。
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＊註２：全部
「全」の正字体。
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＊註３：世紀
「紀」の俗字(か？)。「糸」＋「已」。

＊註４：精粹
「精」の正字体。旁の「青」の「月」は「円」。

＊註５：技巧
「技」の旧字体。
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＊註６：増減
「増」の旧字体。旁の「曽」が「曾」。

＊註７：雪の如く
「雪」の旧字体。
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＊註８：舊教
「教」の正字体。
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＊註９：情味
「情」の正字体。「月」は「円」。

＊註10：矯飾
「飾」の旧字体。
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＊註11：虚榮
「虚」の旧字体。
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＊註12：風尚
「尚」の旧字体。「ナオガシラ」は「小」。

＊註13：婦人
「婦」の旧字体。
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＊註14：導く
「導」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

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■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月（滝太郎）著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1