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■近代文藝之研究|時評|脚本をして先づ…(2)

■近代文藝之研究|時評|脚本をして先づ讀物たらしめよ (2)

蓋し之れを作者の側から言へば、脚本である限り演ずるもの、觀る者としてといふことを第一義に置いて書くべきは勿論である。演ずるものとしての言葉と、讀むものとしての言葉との間に微妙なる筆加減のあるべきは言ふを待たぬ。筆加減といつても、何も七五に調子を附けたり、殊更に自然を離れて誇張的の修辭法を用ひたりせよといふのではさら/\無いが、それで尚ほ聲を張り上げて言ふべき臺詞と默讀すべき小説中の言葉とは造句の用意を別にするやうである。殊に日本の文壇の現状では、此の別が目につく。目につくのみならずまた肝要である。其の理由は日本の文章が漢字漢語使用の結果甚しく口から耳へ訴へるものと懸絶してゐるからである。漢語を下手に朗讀せられると、漢學の素養ある者ですら、聽いて居て判然せぬ。同音語のまぎらはしいのは多いし、音はつまつて且つ一向ユーフォニックでないのがあるし、結局日本語に挿入した漢語といふものは耳に訴へる方面が殆ど錬磨せられてゐないから、何としても聞きづらい。漢字に寫して、眼で讀んでこそ納得も出來やうが、口で空にしやべられては何の事だか別からぬ例が幾らもある。是れが即ち讀むものと聞くものとに於ける日本文特有の不一致である。今の日本語では、言葉の選擇上、ぴつたりと其の感想に吻合する上に、更に耳ばかりで分かるやうにいふ特別の條件が必要になる。今の新作、社會劇がゝつたものには多く此の言葉の選擇の熟錬が缺けてゐる。總じて所謂書生言葉が不用意に挿入せられて、啻に耳の理解を妨げるのみならず、性格、甚しきは男女老若の類型をすら破壞して了ふ。惜しむべきでは無いか。



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*註1:作者・觀る者・素養ある者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg

*註2:調子
「調」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/cyou_shiraberu.jpg

*註3:殊更・更に
「更」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sara.jpg

*註4:さら/\無い
「/\」は踊り字・くの字点。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/odoriji.jpg

*註5:尚ほ
「尚」の旧字体。「ナオガシラ」は「小」。

*註6:小説
「説」の旧字体。旁は「兌」。

*註7:造句
「造」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註8:文壇
「壇」の俗字体。旁の「旦」部分が「且」。

*註9:現状
「状」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/jyou.jpg

*註10:肝要・必要
「要」の俗字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/you.jpg

*註11:文章・日本文
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg

*註12:漢字・漢語・漢學
「漢」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kan.jpg

*註13:懸絶
「絶」の正字体。旁の「色」が「刀」+「巴」。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zetsu.jpg

*註14:判然
「判」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/han_wakaru.jpg

*註15:同音語・音は
「音」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ne_oto.jpg

*註16:ユーフォニック
「euphonic」のこと。「euphony(快い音調、音便)」の形容詞形。

*註17:錬磨・熟錬
「錬」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ren_neru.jpg
「磨」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ma_migaku.jpg

*註18:納得
「納」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/nou_osameru.jpg

*註19:空に
「空」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sora.jpg

*註20:別からぬ例
「別からぬ」は当て字で、現代では「分(か)らぬ」「判らぬ」「解らぬ」等の表記が一般的だが、原文のままとした。

*註21:選擇
「選」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註22:分かる
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg

*註23:社會劇
「社」の旧字体。扁の「ネ」は「示」。

*註24:所謂
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註25:啻に
「啻」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tadani.jpg

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1

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2012/10/05 21:00
難しいですね今回のユーフォ二ック



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