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■近代文藝之研究|時評|『破戒』を評す(3)

■近代文藝之研究|時評|『破戒』を評す (3)

一ぜんめし屋を叙し、敬之進の宅を叙して、油繪のジャンルのやうな筆を使ふところ、やがて自然派の得意の境であると共に、弊もまた此の派に多くに通有な點から生ずる。即ち事象を歴寫し去つて、却つて、全景の一に溶け合ふ點を遺却した氣味である。思ふに作者は一事を叙し一景を描かんとするに當つて、餘りに多く周圍を見はしはせぬか。全篇を通じて稍々〓[#「日」+享]いといふ批難を聞くのは、必竟此の歴描逐寫の結果ではないか。
結末、小學校で丑松が身の素性を自白する大興奮の場、乃至夫から後漸次に展開し來たる彼れが新光明の天地を描くに及んで、頗る筆力の緩んだ趣あるは如何。
自白前後の自家心内の悲壯な光景、周圍の之に對する興奮驚愕の状態などが十分で無い樣に思はれる。且つ訝しきは、丑松が今まで隱し立てをしてゐた罪を謝した後地に伏して我れは賤しき穢多なりとの心を述べる邊である。穢多といふ〓[#「こと」合略仮名]をみづから卑下し過ぎる所が却つて同情を傷ひはすまいか。殊に其漸次新光明の天地に入るあたりは、一層對照のあざやかな色彩を用ひて、さながら暗夜の果てから新日の次第に昇り行くが如く描いてもらひたかつた。教員室で文平と丑松との爭論のあたりは、如何にも十分の筆力をあらはしてゐる。



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*前註:ここでは被差別部落民に対する蔑称が用いられている。作品の性質上、そのままの形で公開する。

*註1:敬之進
「進」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註2:得意の境
「境」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kyou_sakai.jpg

*註3:弊にまた
「弊」の旧字体。「敝」+「廾」。

*註4:歴寫・歴描
「歴」の旧字体。「林」が「禾」+「禾」。

*註5:全景・全篇
「全」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen.jpg

*註6:遺却
「遺」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註7:作者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg

*註8:周圍
「周」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syuu_mawari.jpg

*註9:通じて
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註10:稍々〓[#「日」+「享」]い
「〓」(ゲタ)部分の文字は、扁が「日」で旁が「享」だが、手持ちの漢和辞典にはこの漢字が見当たらない。訓みも不明。もしかしたら「日」+「孛」(「暗い」の意)の誤植かもしれないが、確信が持てないので原本のままとした。

*註11:批難
「難」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/nan.jpg

*註12:必竟
「竟」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kyou_tsuini.jpg

*註13:逐寫
「逐」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註14:小學校
「校」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kou.jpg

*註15:漸次に・次第
「次」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ji_tsugi.jpg

*註16:緩んだ
「緩」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/en_yurumu.jpg

*註17:前後
「前」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen_mae.jpg

*註18:心内
「内」の旧字体。「冂(=エンガマエ)」+「入」。

*註19:状態
「状」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/jyou.jpg

*註20:十分
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg

*註21:隱し立てをしてゐた罪
原本では「隱し立てしをしてゐた罪」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註22:述べる
「述」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/jyutsu.jpg

*註23:過ぎる所
「過」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註24:同情
「情」の正字体。「月」は「円」。

*註25:一層
「層」の旧字体。「曽」が「曾」。

*註26:色彩
「彩」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sai_irodori.jpg

*註27:暗夜
「暗」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/an_kurai.jpg

*註28:教員室
「教」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kyou_oshieru.jpg

*註29:文平
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1

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2013/01/29 05:42
●ゆうさん:
「ぜんめし屋」ではなくて「一ぜんめし屋」(=「一膳飯屋」)です。
茶碗や丼にご飯一膳、あるいはお茶漬けと、あとは豆腐汁とか煮しめ・煮豆・お新香等の一品が添えられただけの、当時の庶民向けの食堂のことです。
料理茶屋(料亭)のような、副食が何品も提供されるお店とは対意の関係にあります。
いまでいえば、牛丼屋さんのポジションになりますが、当時の庶民は牛肉なんてものにはありつけられませんでした。
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2013/01/28 21:26
ふむふむ、ぜんめし屋って何食べてたんでしょうね



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