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■近代文藝之研究|講話|歐文學中の日本(7)

■近代文藝之研究|講話|歐文學中の日本 (7)

此「ゼ・ミローア」(鏡)の作者はロシナ・フヰリップといふ女作家であつて、作は當時眼識ある社會に好評を博したものである。これはかの松山鏡(?)の傳説を飜案して、これに近世的なシンボリックの意味を加へたもので、女主人公はおハナといひ、これに其夫ミウラと今一人トヨといふ老人を配した三人の劇であつて、すべて日本式に演つたのである。舞臺はミウラの家の體で、ミウラは片意地な若い男、おハナは無邪氣な快闊な美しい若嫁、先づ二人差向ひで、男は何か濟まぬ顏で眞面目になつて居る。女は其機嫌を取つて仇氣ない事を言つて居る。結局男が疲れた體で眠くなつたといふ。女はそれでは私が眠れるやうに唱歌を唄はふといつて唄ひ出す。唱歌の調子は西洋の調子で、合はしてゐる樂器も無論三絃ではない。唱歌の意味は(下の谷に、美しい茶畑に、浮世の汚れ離れて、いとしきミウラは茶を摘みに)といふやうな、極く奇麗な唱歌を靜かな調子で一齣唄ふ。而して唄ひ唄ひ自分も眠くなつて唱歌の尻が絲のやうに切れて眠る。極めてしんみり[#「しんみり」に傍点]として西洋の劇の活溌なのとは全然其目先きを異にしたものである。それでおハナが眠ると同時に、唱歌の後を引取つて老人のトヨが(おんみの眼には眠り來れり、我は平和を齎らせり)といふやうな意味の唱歌を、これも極くしんみり[#「しんみり」に傍点]した調子で唄ひながら入つて來る。其老人の足音に男のミウラは眼を醒し、而して、唐突に入つて來るのは誰れかと怒ると、老人はこれに答へて、自分はトヨであるといふ。男はこれを聞て、あゝさうであつたか、それではお茶でも入れやうといふ。



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*註11:鏡
「鏡」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kagami_kyou.jpg

*註2:作者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg

*註3:ロシナ・フヰリップ
詳細不明。元・女優だったようだ。岩佐壯四郎氏の著作『抱月のベル・エポック』には「ロシナ・フィリッピ」と表記されている。

*註4:社會
「社」の旧字体。扁の「ネ」は「示」。

*註5:好評
「評」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hyou.jpg

*註6:博した
「博」の旧字体。「十」+「甫」+「寸」
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/haku_hiroi.jpg

*註7:傳説
「説」の旧字体。旁は「兌」。

*註8:近世的
「近」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註9:主人公
「公」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kou_ooyake.jpg

*註10:機嫌
「嫌」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ken_iya.jpg

*註11:調子
「調」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/cyou_shiraberu.jpg

*註12:樂器
「器」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ki_utsuwa.jpg

*註13:浮世
「浮」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hu_uku.jpg

*註14:自分
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg

*註15:活溌
「溌」の旧字体。「サンズイ」+「發」。

*註16:全然
「全」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen.jpg

*註17:平和
「平」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hei.jpg

*註18:足音
「音」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ne_oto.jpg

*註19:唐突
「突」の旧字体。「穴」+「犬」。

*註20:誰れかと怒ると、
原本には「誰れかと怒ると。」と読点となっているが、前後関係から句点に改めた。

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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