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■近代文藝之研究|講話|獨逸現代の音樂家(4)

■近代文藝之研究|講話|獨逸現代の音樂家 (4)

ストラウスは一八六四年の生れで、まだ壯年であるが、渠が作樂家としての地位は、人に依つては獨逸第一と判定する人すらある。此人がデヰリゲント[#「ヰ」は小文字]としての得意はワグナー物、就中其ツリスタン・ウント・ヰソールデなどであらうと認められて居る。此人の作つた音樂が英吉利の公衆に殆んど初めて價値を認められたのは恰度私の彼地に居た頃即ち兩三年前の事であつたと記憶する。當時の批評に依ると、此人の樂風はつまり十九世紀末の時潮を遺憾なく發揮したもので、例へば感傷多恨にして情に富んだ所は、或る評家が呼んで音樂會に於けるシエリーといつた如き調子あると同時に、斷えざる精神の不安、懷疑、煩悶に合せて一種の冷笑的滑稽的の所を加へたものといはれて居る。其作のフォイエルスノート其他一ニのオペラを除いては、專らシンフォニー音樂で、其主なるものはチル・オイレンシユピーゲル、トート・ウント・ブエヤクレールング、またはアイン・ヘルデンレーベン、またはアルゾー・シユプラツハ・ツアラツーストラなどである。中にも此最後のもの即ちツアラツーストラは、かのニイチエに落想を得たもので、曾て渠がロンドンへ來た時に尤も熱心に奏でたものはこれであつた。



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*註1:獨逸
「逸」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/itsu_nogareru.jpg

*註2:判定
「判」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/han_wakaru.jpg

*註3:デヰリゲント
「ヰ」は小文字表記。ドイツ語の「Dirigent(指揮者)」。

*註4:ツリスタン・ウント・ヰソールデ
『トリスタンとイゾルデ(Tristan und Isolde)』のこと。リヒャルト・ワーグナー作曲・台本の楽劇。

*註5:認め
「認」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mitomeru.jpg

*註6:音樂
「音」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ne_oto.jpg

*註7:公衆
「公」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kou_ooyake.jpg

*註8:三年前
「前」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen_mae.jpg

*註9:批評・評家
「評」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hyou.jpg

*註10:十九世紀
「紀」の俗字(か?)。「糸」+「已」。

*註11:時潮
「潮」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tyou_ushio.jpg

*註12:遺憾
「遺」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註13:情に
「情」の正字体。「月」は「円」。

*註14:富んだ所・滑稽的の所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註15:精神
「精」の正字体。旁の「青」の「月」は「円」。
「神」の旧字体。扁の「ネ」が「示」。

*註16:フォイエルスノート
リヒャルト・シュトラウス作の歌劇『Feuersnot』(1901年)のこと。『Feuersnot』の邦訳には『火災』『火難』『火の試練』『火の危機』等々の題名が当てられている。カタカナ表記としては現代では「フォイアースノート」とされている。なお、リヒャルト・シュトラウス(『ツァラトゥストラはかく語りき』『ドン・ファン』『サロメ』等)と、ワルツ王のヨハン・シュトラウス(『美しき青きドナウ』等)は血縁のない全くの別人。

*註17:チル・オイレンシユピーゲル
『Till Eulenspiegels Lustige Streiche(ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら)』(1895年)のこと。

*註18:トート・ウント・ブエヤクレールング
『Tod und Verklarung(死と変容)』(1889年)のこと。邦題としては『死と浄化』と訳されることもある。

*註19:アイン・ヘルデンレーベン
『Ein Heldenleben(英雄の生涯)』(1898年)のこと。

*註20:アルゾー・シユプラツハ・ツアラツーストラ
『Also sprach Zarathustra(『ツァラトゥストラはかく語りき』)』(1896年)のこと。邦題としては『ツァラトゥストラはこう語った』と現代語訳的にされることもある。
なお、上記註17~20の表記は、「・(中黒)」やカタカナの小文字表記(促音・拗音)、「ブ」と「ヴ」の使い分け等、原本におけるこれまでの抱月の表記原則から外れる表記となっている部分もあるが、講演筆記ということもあり、原本のままとした。

*註21:落想
「落」の正字体。「クサカンムリ」が「十」+「十」。

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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