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■近代文藝之研究|講話|英國最近の繪畫…(9)

■近代文藝之研究|講話|英國最近の繪畫に就て (9)

それからワッツと共に前に名を擧げて置きましたホイッスラーはニ三年前に死んだのであるが、同じくワッツと相對すべき大家で之はラファエル前派の中から出て、寧ろインプレッションニスト即ち印象派の或る部分をも取り入れ、就中日本畫の影響を澤山に享けた人である、此人はかの一時美術批評界の泰斗として仰がれたラスキンと不和であつて、それが爲めに一層名も世間に知られた人である、寧ろ其不遇な地位にあつた爲め、ローヤル・アカデミーに入ることが出來ず、爲めに自から反抗的態度を取つて、故意に其繪をこれに出さなかつたのであります、でそれがためテート畫堂などにも此人の繪は一とつもありません、却つて佛蘭西のルクサンブールの畫堂などに此人の名畫が殘つて居ります、英吉利でも其人の死んだ今日始めて此人の繪を畫堂に入れようと焦つて居ります。ラスキンと不和であつたといふのは、今から四十年許りも前の事、ホイッスラーの繪をラスキンが評して、こんなに只繪の具を公衆の前に廣げてそれで繪といはれるならば天下何物か繪でないものがあるぞ、といつた意味の非常な猛烈な攻撃を加へたので、ホイッスラーも頗る怒つて遂に裁判沙汰になり、ホイッスラーは一ファシング即ち日本でいへば文久錢一文の損害要償を受けた。是等の事實がホイッスラーをして一層有名ならしめた一理由であらうが、兎に角老熟に及んで、此人の畫風が其昔のマンネリズム若しくは癖から脱化して、一派をなすに到つたのは爭へない事實である、例へば色をボンヤリ[#「ボンヤリ」に傍点]となすつて、其中に自から川向ふの市街を見せたり、山を見せたりする其外凡て色の使ひ方に特色を有つて居る、これが尤も多く佛蘭西の印象派及日本畫から享けた影響なのでありませう、其外此人の描いたものには日本に關した題目のものもありますが、それらは風韻があればあるといふものゝ格別好い繪とも思はれません、此の人の描たもので尤も一とつは其母の肖像で、これは今巴里のルクサンブールの畫室にかゝつて居ります。
此外ラファエル前派の末及印象派の末、ポインチリストの事などに就ては其中に亦た陳べる機會もありませうと思ひます。(明治三十九年談話筆記)



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*註1:ニ三年前・前派・前の事・前に
「前」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen_mae.jpg

*註2:ラファエル前派
原本には「ラファヱル前派」と表記されているが、「英國最近の繪畫に就て (2)」のページを含むその以前のページでは「ラファエル前派」との表記のため、表記を統一した。

*註3:部分
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg

*註4:影響
「響」の旧字体、もしくは正字体だが原本画像不鮮明で確定できず。
旧字体は、
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kyou_hibiku.jpg
正字体は、
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kyou_seiji.jpg

*註5:批評・評して
「評」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hyou.jpg

*註6:ラスキン
ジョン・ラスキン(John Ruskin/1819年~1900年)のこと。イギリスの評論家。美術論を超えた文化・思想的影響力を与えた。著作に『近代画家論』『建築の七燈』『ヴェニスの石』等。

*註7:一層
「層」の旧字体。「曽」が「曾」。

*註8:不遇
の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註9:ルクサンブールの畫堂
パリ6区にあるリュクサンブール美術館のこと。
[参照HP]⇒http://www.museeduluxembourg.fr/

*註10:入れよう
原本には「入れやう」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註11:公衆
「公」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kou_ooyake.jpg

*註12:遂に
「遂」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sui.jpg

*註13:裁判
「判」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/han_wakaru.jpg

*註14:ファシング
イギリスの古い通貨中で最も安いコイン「ファージング(farthing coin)」のこと(1961年廃止)。

*註15:文久錢一文
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg

*註16:損害要償
「害」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/gai_sokonau.jpg
「要」の俗字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/you.jpg

*註17:脱化
「脱」の旧字体。旁が「兌」。

*註18:ありませう
原本には「ありましやう」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註19:風韻
「韻」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/in_hibiki.jpg

*註20:筆記
「記」の俗字(か?)。旁が「己」ではなく「巳」。

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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