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■近代文藝之研究|講話|新裝飾美術(5)

■近代文藝之研究|講話|新裝飾美術 (5)

と、いつて、そして尚、いはく何も此の美術の元祖を爭ふといふ譯ではないが、想ふにアールヌーヴォーは、本來亞米利加から來つたものらしい。それはかの一八七五年費府で博覽會のあつた時に、諸國の美術が同地に集つた、そこで從來亞米利加に於る陳腐な室内裝飾法に倦きて居た、渠亞米利加の美術家等は其新奇を求むるに熱心な眼をば、英吉利のモーリスの美術に注ぐと同時に、日本の同じい美術に注意して、茲に此二つのものゝ結合を企てゝ、そして出來上つたものが今日のアールヌーヴォーと呼ばれるものゝ萠芽である。そして就中此装飾法をば木彫物なぞに多く試みて見た。で、このアールヌーヴォーの萠芽は漸次發達して來て、かの畫家エリウ・ヴェッダーが有名なヱドワード・フヰツゼロールドの飜案した波斯の詩人オマール・ケーヤムの詩文の挿畫を描くに到つて尤も明らかに、斯樣な流派の起りつゝあつた端緒を示した。而してまた恰度同じ頃に發刊せられた、センチュリー・マガヂーンといふ雜誌の表紙の裝飾が尤も明らかに此式を示して居た。而してアール・ヌーヴォーの模樣法は實に專ら此雜誌の表紙などが媒〓[#「女」+「介」]になつて、歐羅巴大陸へ入り込んだものらしい。それが却て今日では佛蘭西を本家と思ひなされるやうな形勢となった。と、いふのが右のチャールス・ワルドスタインの考證である、然し果して其起元は、亞米利加であるか、將た佛蘭西であるか、これは別問題として、アールヌーヴォーの中に、日本の線のムーヴメントの入つて居る事は、爭ふべからざる事實であると思はれる。



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*註1:と、いつて、
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。

*註2:そして尚
「尚」の旧字体。「ナオガシラ」は「小」。

*註3:元祖
「祖」の旧字体。「示」+「且」。

*註4:一八七五年費府
「費府」は「フィラデルフィア」のこと。フィラデルフィア万博は正しくは1976年(明治9年)開催で、抱月の勘違いかと思われる。

*註5:諸國
「諸」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syo_moro.jpg

*註6:室内
「内」の旧字体。「冂(=エンガマエ)」+「入」。

*註7:裝飾
「飾」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syoku.jpg

*註8:熱心
「熱」の俗字体(か?)。「執」+「レンガ(レッカ)」。下記 URL の文字は作字したもの。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sakuji_netsu.jpg

*註9:茲に
「茲」の俗字体(か?)。Unicode にも文字種がないようなので作字してみた。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/koko.jpg

*註10:木彫
「彫」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tyou_horu.jpg

*註11:アールヌーヴォーの萠芽
原本には「アールヌヴオー」とあるが、「Art Nouveau」の表記はこれまで「アールヌーヴォー」か「アール・ヌーヴォー」であることを考慮して改めた。
また「萠芽」の「萠」は原本には「萌」となっているが、原本1行前には「萠芽」と俗字の「萠」が用いられており、「ルイ王家の夢の跡」の稿でも「萠」が使われていることから「萠芽」に統一した。

*註12:漸次
「次」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ji_tsugi.jpg

*註13:發達
「達」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註14:畫家・挿畫
「畫」の俗字体(一説に本字とも)。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ga_kaku.jpg

*註15:エリウ・ヴェッダー
エリュー・ヴェッダー(Elihu Vedder/1836年~1923年)のこと。ニューヨークで生まれのオランダ系アメリカ人。象徴主義派の画家、イラストレーター、詩人。
[参照HP]⇒http://www.elihuvedder.org/

*註16:ヱドワード・フヰツゼロールド
エドワード・フィッツジェラルド(Edward FitzGerald/1809年~1883年)のこと。イギリスの詩人、翻訳家。『ルバーイヤート』(11~12世紀のペルシアのウマル・ハイヤームの詩)の名訳(1859)で知られる。

*註17:オマール・ケーヤム
ウマル・ハイヤーム(Omar Khayyam/1048年~1131年)のこと(「Omar」は「オマル」「オマール」と表記されることも)。セルジューク朝期ペルシア(現イラン)の優れた数学・天文学者で詩人。『ルバイヤート』は「ルバーイイ(四行詩)」を集めた作品集の意。

*註18:詩文
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg

*註19:起り・起元
「起」の正字体。旁の「己」が「巳」。

*註20:端緒
「緒」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syo_o.jpg

*註21:而してアール・ヌーヴォーの模樣法は
原本では「而してアール、ヌーヴォーの模樣法は」とあるが、「Art Nouveau」の表記はこれまで「アールヌーヴォー」か「アール・ヌーヴォー」であることを考慮して改めた。

*註22:媒〓になつて
「〓」は「女」扁+旁が「介」。「媒介」と同じ意。

*註23:入り込んだ
「込」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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