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■近代文藝之研究|講話|英國劇と道徳問題(8)

■近代文藝之研究|講話|英國劇と道徳問題 (8)

矢張同じやうな問題に觸れて、而も其解決の異つて居る一つの劇は、去年倫敦のガーリック座で演つて居りました「ウォールズ・オブ・ゼリコー」即ち「ゼリコーの城壁」と題するものでありまして、作者はスートローといひ是れも若手で一寸名の知られた人で、大陸のマーテルリンクなどを多く英譯して有名であります。
此の劇は番附を失なつたために役の名を忘れましたが、表題の「ゼリコーの城壁」といふ「ゼリコー」は、英吉利にもヘンリー八世の事蹟と關係して人に知られた名であるが、これよりも古くかの舊約全書の第六卷「ジョシュア」の條にある所の、バレスタインのゼリコーといふ街のあの名の方が此作者の用ゐたものであらうと思はれます。たしか舊約全書にある如く「ゼリコー」の城壁は落つべし、といふやうな句が劇の中にも嗅はせてあつたと記憶する。即ち「イスラエル」人が埃及に四十年の流浪の後歸つて來て取つた一つの都會であるといふやうな意味から取つたのではなかつたかと思ふ。それで筋は英吉利人が彼の國で能くある如く、徒手で殖民地の濠洲に渡つて、幾十年の間稼ぎ働いて遂に鉅萬の富をなして、これから一つ本國倫敦に歸つて其所の樂しい社會に自分の殘生を送らうといふので歸つて來た。



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*註1:「ウォールズ・オブ・ゼリコー」
「Walls of Jericho」のこと。原本には「ウォールス・オブ・ゼリコー」とあるが誤植と思われるので改めた。「ジェリコーの壁」「エリコの壁」ともいう。

*註2:作者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg

*註3:スートロー
アルフレッド・スートロ(1863年~1933年)のこと。イギリスの作家、劇作家、翻訳家。

*註4:マーテルリンク
モーリス・メーテルリンク (Maurice Maeterlinck/1862年~1949年)のこと。ベルギーの詩人・劇作家・エッセイスト。

*註5:全書
「全」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen.jpg

*註6:條にある所・其所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註7:用ゐたものであらうと思はれます。
原本には「用ゐたものであらうと思はれ。ます。」とあるが誤植と思われるので句点「。」はトルツメに改めた。

*註8:埃及
「エジプト」のこと。

*註9:都會
「都」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/to_miyako.jpg

*註10:稼ぎ働いて
原本には「稼き働いて」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註11:遂に
「遂」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sui.jpg

*註12:社會
「社」の旧字体。扁の「ネ」は「示」。

*註13:自分
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg

*註14:送らう
「送」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sou.jpg

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■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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