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■近代文藝之研究|講話|ピネロ作……(23)

■近代文藝之研究|講話|ピネロ作「二度目のタンカレー夫人」 (23)

オープレー、「然し今夜のやうな事は滅多には起らない、世の中は然う狹いものではないから。」パウラ、「然うかも知れない、夫婦の仲の隔たりに比べれば世の中の方が狹いくらゐ、併し貴方は實に良い人だけれども事情が惡かつた、私の言ふ事を覺えて居て下さい、勿論私は現在は未だ奇麗な女です、私は然う信じて居るばかりでなく、尚ほいつまでも美しくありたいとは思ひます、けれども今でさへもう私の顏には皺が寄つて來ました、眼は窪みかける顏には今までにない暗い影が差して來る、私は段々棄てられて行く身になりかゝつて居る、臙脂や白粉は嫌ひだけれども、それも何日かは人のするやうに塗らなければならない日が來る、そして何時か一度、恐らく案外に早く妙な機會で、貴方は私の顏を見る事がつくづく厭になる。其時貴方の心が變つたら私は奈何して貴方に對抗する事が出来ませう、奇麗な女といふ武器は私には無く、萎びて、朽ちて、髪は白くなり、眼はどんよりとして、體は骨ばかり、頬はこけて、幽靈、朽ちた船、鳥羽繪、蝋の流れた蝋燭、斯樣な哀れな身の末になつたら、奈何して貴方がそれでもといへませう、これが貴方の口癖の將來ぢやありませんか。」



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*註1:オープレー、「然し
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。

*註2:起らない
「起」の正字体。旁の「己」が「巳」。

*註3:夫婦
「婦」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hu_tsuma.jpg

*註4:事情
「情」の正字体。「月」は「円」。

*註5:尚ほ
「尚」の旧字体。「ナオガシラ」は「小」。

*註6:暗い
「暗」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/an_kurai.jpg

*註7:嫌ひ
「嫌」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ken_iya.jpg

*註8:出来ませう
原本には「出来ましやう」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註9:武器
「器」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ki_utsuwa.jpg

*註10:朽ちた船
「船」の旧字体。「舟」+「几」+「口」。

*註11:蝋の流れた蝋燭
「蝋」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/rou_02.jpg

*註12:いへませう
原本には「いへましやう」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註13:ぢやありませんか
原本には「じやありませんか」とあるが誤植と思われるので改めた。

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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