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■近代文藝之研究|講話|演藝雜談(2)

■近代文藝之研究|講話|演藝雜談 (2)

獨乙の音樂は深さ及大さに於て尤も特徴を示して居るが、若し英吉利の音樂に特徴を求めたならば、滑稽物であるとか亦は讚美歌的な物なぞは却て他國の眞似の出來ないものがありませう。英吉利に於ては一寸した料理屋の音樂であるとか、ホテルの客室でやる音樂であるとか、其外通俗的な場合の凡ての音樂が概して滑稽物か、然らずんば極めて卑近な流行物なぞといふ趣きであるが、然し獨乙に行けば一寸した場合の音樂にも却々氣取つたものをやる、ワグナー物であるとか、ベートーフヱ[#「ヱ」は小文字表記]ン物であるとかいふやうなものをざら[#「ざら」に傍点]にやる、然して多數の聽者が相應にこれを受け樂しんで居る。これらの點から見ても音樂的趣味は獨乙の方が一般に進んで居ると思ふ。
現時歐洲の音樂界でワグナーのオペラに於けるが如く、シンフォニー及び其の類の音樂に於て第一の音樂家と許されて居るのは勿論ベートーフヱ[#「ヱ」は小文字表記]ンである。如何なる音樂會にも此人の物の出ない事は先づないといつてもよろしい、例ば彼の第三第九のシンフォニーなぞいふものは必ず大なる音樂會の飾りとして出て來るものである。亦家庭などでもピアノの一つも置てある家には必ずベートーフヱ[#「ヱ」は小文字表記]ンの肖像位は懸けてあるといふ趣きである。オペラも此人は一生に唯一つ「フヰ[#「ヰ」は小文字表記]デリオ」といふものを作りましたが、これは珍しいものゝ一つとして伯林などでも屬次演ぜられる、然し到底オペラとしてはワグナーものなぞには盾を衝く勢力はないのである。彼の特色は到底オーケストラの純粹音樂に止まつて居るのである。



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*註1:獨乙の音樂は
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。

*註2:音樂
「音」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ne_oto.jpg

*註3:特徴
「徴」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/cyou_kizashi.jpg

*註4:ありませう。
原本には「ありましやう。」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註5:通俗的
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註6:概して
「概」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/gai_oomune.jpg

*註7:然らずんば
原本には「然らずんは」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註8:卑近
「近」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註9:聽者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg

*註10:進んで
「進」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註11:飾り
「飾」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syoku.jpg

*註12:「フヰデリオ」
『フィデリオ(Fidelio)』のこと。主人公レオノーレが「フィデリオ」という名で男性に変装して監獄に潜入し、政治犯として拘留されている夫フロレスタンを救出するオペラ。

*註12:屬次
「次」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ji_tsugi.jpg

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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