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■近代文藝之研究|講話|演藝雜談(9)

■近代文藝之研究|講話|演藝雜談 (9)

歐洲のオペラの世界でワグナー物の外に普通に屡〓[#踊り字「二の字点」]演ぜられるオペラといふと、右に言つたグノーの「ファウスト」であるとか、獨逸のヴェーバーの「フライシュッツ」であるとか、伊太利のヴェルデヰ[#「ヰ」は小文字表記]ーの「アイダ」、亦は「ツロバドア」であるとか、獨逸のモツアルトの「ドンイワン」「フヰ[#「ヰ」は小文字表記]ガロス、ホゝツアイト」、佛蘭西のビゼーの「カーメン」とかいふやうな、斯樣な種類のものであります。而し何といつても人氣の立つて居るのはワグナー物で、ワグナーは歐洲の文藝世界に於て尤も人の注意を引いて居る一とつであらう。またワグナーの人氣は恐らく今が頂點ではあるまいか。ワグナーオペラに付ての事は亦別にお話しする機會があらうと思ひます。
終りに臨んで一言附け加へて置きたいのは、音樂と歴史との關係です。精しく言へば、音樂は最も密に人間の感情を調ずるものである。而も其の感情は殆んど裸體のまゝで音樂に出て來る。是れが音樂の特色の一つでありませう。而して感情といふものは思想に比べて、さう容易く變動するものでない。また從つて、尤も個性的の特徴を多く帶びるものも感情の方面です。されば斯くの如く殆んど感情のみの藝術と言つてもよい所の音樂が、個人若しくは國民間の種々な性質の相違を如何なる程度まで統一し得るか、個人の上では、成程概般的の方面を見出だして統一し、誰れに聽かせても略同一の感銘を與ふるといふ程度に達することが出來るかも知れぬが、國といふ相違、若くは今一層廣い、東西洋の相違といふやうな範圍になると、果して音樂は全然東西相通ずるものとなり得るか、過去の長い歴史で養はれた東洋特殊の感情が遺憾なく現在の西洋のメロデヰ[#「ヰ」は小文字表記]ーで調べられるであらうか。想ふに我が音樂界目下の最大問題の一は是れでありませう。是等の問題を解決せんとする勇氣を振り起こして、他の繪畫界、詩歌界に劣らざるやう、目ざましい活動を企てられんことを、殊に新進氣鋭の音樂家諸君に希望の至りに堪へません。(明治三十九年談話筆記)



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*註1:普通・相通ずる
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註2:屡〓
「屡」(=俗字)の旧字体。「尸」+「婁」。
「〓」は踊り字「二の字点」。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/odoriji_2.jpg

*註3:獨逸
「逸」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註4:ヴェーバー
カール・マリア・フリードリヒ・エルンスト・フォン・ヴェーバー(Carl Maria Friedrich Ernst von Weber/1786年~1826年)のこと。ドイツのの作曲家、指揮者、ピアニスト。『魔弾の射手』『オベロン』等。

*註5:「フライシュッツ」
原本には「フライシュツツ」とあるが誤植と思われるので改めた。
なお、『フライシュッツ(Der Freischutz)』は邦題『魔弾の射手』のこと。

*註6:ヴェルデヰー
ジュゼッペ・フォルトゥニーノ・フランチェスコ・ヴェルディ(Giuseppe Fortunino Francesco Verdi/1813年~1901年)のこと。イタリアの作曲家。主にオペラを制作。『椿姫』、『アイーダ』等。

*註7:「ツロバドア」
『椿姫』の原題である「La traviata(道を踏み外した女)」のことかと思われるが、この音読みだとすると「トラヴィアータ」となる。筆記者の聞き間違い、あるいは誤植の可能性も考えられるが、判断しかねるので原本のままとした。

*註8:モツアルト
原本には「モッアルト」とあるがこの稿の前述部分では「モツアルト」の表記だったので、これに統一した。

*註9:「ドンイワン」
『ドン・ジョヴァンニ』(Il dissoluto punito, ossia il Don Giovanni/罰せられた放蕩者またはドン・ジョヴァンニ、 K.527)のことと思われる。「イワン」としたのは元々のドン・ファン(Don Juan=スペイン語)のドイツ語読みか、もしくは筆記者の聞き間違いかとも思われるが、原本のままとした。

*註10:「フヰガロス、ホゝツアイト」
『フィガロの結婚』(Die Hochzeit des Figaro)のこと。

*註11:文藝
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg

*註12:終り
「終」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/owaru.jpg

*註13:音樂
「音」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ne_oto.jpg

*註14:歴史
「歴」の旧字体。「林」が「禾」+「禾」。
「史」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/shi_humi.jpg

*註15:精しく
「精」の正字体。旁の「青」の「月」は「円」。

*註16:感情
「情」の正字体。「月」は「円」。

*註17:調ずる・調べられる
「調」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/cyou_shiraberu.jpg

*註18:ありませう。
原本には「ありましやう。」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註19:殆んど感情のみの藝術
原本には「殆ど感情のみの藝術」とあるが、「殆」の送りは同段別箇所に「殆んど」とあるほか、「講話」のすべての稿で「殆んど」となっていることから、脱字と判断し「殆んど」とした。

*註20:よい所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註21:相違
「違」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註22:程度・成程
「程」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hodo_tei.jpg

*註23:概般
「概」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/gai_oomune.jpg

*註24:達する
「達」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註25:一層
「層」の旧字体。「曽」が「曾」。

*註26:全然
「全」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen.jpg

*註27:過去
「過」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註28:遺憾
「遺」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註29:是れでありませう。
原本には「是れでありましやう。」とあるが誤植と思われるので改めた。

(以下の註、コメント欄へつづく)

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2014/02/02 06:17
(註のつづき)

*註30:振り起こして
「起」の正字体。旁の「己」が「巳」。

*註31:繪畫界
「畫」の俗字体(一説に本字とも)。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ga_kaku.jpg

*註32:新進
「進」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註33:氣鋭
「鋭」の旧字体。旁は「兌」。

*註34:諸君
「諸」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syo_moro.jpg

*註35:希望
「望」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bou.jpg

*註36:筆記
「記」の俗字(か?)。旁が「己」ではなく「巳」。

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1



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