Nicotto Town


ごま塩ニシン


脳活日誌810号

   空間を求めて。
 ①癒しの空間、②安らぎの空間、③愛の空間、④自遊空間など「空間」という名詞に多彩な形容詞を被せていけば、異次元の立体空間が生れてくる。親密な親子の空間、追い詰められた二人の空間、誰にも知られたくない秘密の空間、いたずらな空間、悪意のある空間、邪念を祓う無我の空間、豊かな知恵の空間、欲望を刺激するカラフルな空間、神秘的な空間、隠微な行為を連想させる閉ざされた空間、幸せ過ぎる空間。言葉遊びの無限連鎖が起きてくる。

 この瞬間、地球上の人々は、どんな空間を享受しているのだろうか。息詰まる空間もあれば、孤独な空間もある。道を歩いている状態であっても、移動空間を楽しめる場合だってある。わあーわあーと大声を出して泣いている場合でも、泣きの空間というものがある。泣いていると、自分に酔ってくる。没入してしまって、我を忘れてしまう空間である。無数の空間の連結の中で人間は生きているのかもしれない。シャボン玉のように目の前の空間が次々に破裂しているのかもしれない。

 空間というのは空中にあるのか。そうではない。あくまでも地上になければならないと思う。この地球の被膜の上での空間である。こう考えると、浮いた空間ではなく、地上に足を置いた上で自分という空間を持つことである。ストリートで寝ていても体を横たえる地面というものが最低限の空間の基礎である。30階建てのマンションに住んでいても、地上権というものはあるし、確保されている。居候と言えども、遠慮しながら、ご飯のお代わりをしたとしても、キッチンに座っているという地上のシェアーは持っている。世の中には見渡す限りの土地や風景は全部、俺のものだと豪語する富豪がいるかもしれない。格差が広がるということは余剰な空間を独占する限られた、一握りの人がこの地球を支配していくことである。




月別アーカイブ

2024

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015


Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.