Nicotto Town


ごま塩ニシン


おすがり地蔵尊秘話(25)

 雨は止みかけていた。危機は急速に霧消して、黒い雨雲の隙間から陽光が射すようになってきた。
「木原さん。無事ですか。大丈夫ですか。」
 何度も家主が外から声を掛けてきたが、私は時間を置いて返事した。家主は戸をこじ開けようとしたが、女の力では動かなかった。土石流の衝撃で柱に歪みが生じたのであろう。私は足に力を入れて、両腕で力一杯に押した。するとドアが開いた。
「庭に土砂が流れ込んで、雨戸が壊れました。一時はビックリしましたが、建物全体が壊れたわけでもないですから。」
 私は極めて冷静に判断して言った。
「そやけど、庭が潰れてしまいましたな。ひどいことになってしまって。直ぐに職人さんを呼びますから。この近くに土建業の親戚がおりますのや。」
 こう言って、家主は母屋へ走っていった。10分後には家主の甥にあたる中年の男と息子なのだろうか、二十歳代の青年が駆けつけてきた。家主と打ち合わせを済ませると青年の方は小型のショベルカーをトラックにのせて運んできた。作業は流れ出た土砂を取り除ければいいだけであった。
 昼近くなって三分の二ほどの土砂が運び出され、私もプロの手にかかれば、災害も手早く回復していくものだと感心した。回復作業が長引くようだと、この場所から転居も脳裏の隅で検討していたが、対応の素早さに私は感動していく始末であった。さすが、若い時は証券会社で手腕を発揮していたと噂をされるだけあって、家主の力量に敬服するばかりであった。
 この時であった。ブルトーザーで作業していた青年が土砂の中から奇妙な石の塊を見つけたのであった。中年の男はスコップで周辺を整地していたが、青年に呼ばれてものだから、大きな石の塊の周りをスコップで掘り起こしていった。
「これは地蔵さんや。土の中から地蔵さんが出てきたで。」
 こう感動したように声を上げたのであった。
 私はバスの時刻を見ながら、出かけようかと思っていたところだったが、「地蔵さん。」という驚愕した声につられて、中年男の側へ歩み寄った。地蔵さんの姿をした石の塊が逆さまになって土中に埋まっていたのであった。

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2018/03/10 08:19
震災を地蔵の目で見たですかね。



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