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ごま塩ニシン


おすがり地蔵尊秘話(26)

 土中から地蔵像が掘り出されたというニュースは、あっという間、地域に広がった。私の家主である峰平かよ子は玄峰寺の住職、宝田貴信を伴い、駆けつけてきた。
 土建屋の平岡賢作と息子の健吉は地蔵像を整地された庭の中心に据え、バケツに汲んできた水で泥を洗い流し、丁寧にも布でお身拭いまでした。私は彼等の作業を黙って見つめていた。逆さまに埋まっていた状態から正面を向いて地蔵像が据えられると、私は石造の造形に魅せられた。というのは、地蔵さんは胡坐をかいて座っておられるが、地蔵像の周りを取り囲むように何人もの人物像が彫り込まれているのであった。まるで地蔵様に取りすがるように、うずくまって首だけ起こして周囲から見上げているのであった。こんな姿の地蔵像を見たことがなかったのでユニークな造形だと感銘を受けた。さらに、泥を落としたお姿が神々しく見えて、知らぬ間に両手を合して拝みたくなる姿であった。たぶん、長年、土中に埋まっていたことからくる新鮮さもあったが、地蔵さん自身が、光の当たる現世に出てきたかったという深い菩薩の願いが伝わってくるのであった。
 周辺の家々で休んでいた老若男女が、ぞろぞろ地蔵尊を一目見ようと集まって来た。私は、まるで地底から人が湧き出てきたように十数人の人々が噂を聞きつけ、まるで珍しいものを見るように近隣から集まってきたこと自体に驚愕してしまった。私は民衆のエネルギーを感じた。
「奇麗なお顔をなさって、おられますね。」
 めいめいが地蔵尊の周りを何度も回り、目を細めて崇めるように見つめた。
 見学に訪れる人の中には手に数珠をもって、念仏を唱える人まで出てきた。こうした様子を伺っていた玄峰寺の宝田住職は家主の峰平かよ子と打ち合わせをしていたが、人々の興奮が収まりかけた頃、厳かに言ったのであった。
「神仏の加護というものでしょう。この埋もれていた地蔵様が大雨によって御姿を現されたということは、我々に地域の安心と安全のためにも、地蔵尊を祀ってくれと言う意味かもしれません。これから1時間後に花やお供え物を整えて、地蔵尊に魂を入れる法要を、皆さんと共に念仏を唱えさせていただきたいと思います。皆さんは、いったん家にお帰りになって、服装を整えられて、多少なりともご利益に預かりたい方はお供え物をもって、再度、お集まりください。御霊入れの法会を行いたいと思います。」
 大きな拍手が起こった。和尚の提案を聞いて、駆け寄って来た人々は潮の引くように解散していった。私は、ただ見ているだけで、何をどうすればいいのか、判断がつきかねた。現場を仕切っていた土建屋の平岡賢作は私の側に来て、低い声で言った。
「先生。もう、間もなく建具屋と畳屋が来てくれますので、壊れた硝子戸と畳を新しいものに付け替えます。地蔵さんまで現れて、さぞ、驚いておられると思いますが、どうかご理解ください。それに何か入用のものがありましたら、この際ですから、遠慮なく言ってください。」
 こう言って、彼はニコニコした。どこか好好爺の雰囲気のする人物であった。
 二人が話していると家主の峰平かよ子と住職がやって来た。
「雨降って、地固まるというのは、このことかもしれませんね。木原さんに住んでもらって、地蔵さんを授かったようなものです。住職とも話をしていたのですが、木原さんが地蔵さんを運んできてくれたのとちがうやろうか、と思っています。何にも話題のない村でしたから、皆さんが、地蔵さんの出現で、こんなにも寄り集まってくれはった。何よりも、感謝ですわ。何とか、この地蔵さんを大切にお祀りして、村おこしの切っ掛けになったらいいと願っているのです。先生は地蔵さんの見張り役として、よろしくお願いいたします。」
 家主の主観的な解釈に賛同しかねたが、私はいつの間にか、先生呼ばわりされたが、成り行きのしがらみに咄嗟に反発できず、しばらく様子を見ようと思った。




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