Nicotto Town


ごま塩ニシン


夜霧の巷(15)

 信太盛太郎がクラブ霧笛で酒を飲み、店から出て間もなく、運河に架かる橋をふらつきながら歩いていたが、突然に姿を消した。翌朝になって、信太は港の湾内で溺死体となって浮かんでいるのが発見された。この日、明け方6時過ぎに運河沿いの新港スーパーに商品を搬入するために待機していたトラックがあった。
 運転手は上林良平といった。雨はすでに止んでいたが、高速道路が混んでいなかったので予定より早く到着していた。スーパーは朝6時30分に開門される。施錠された門扉を開けるのは警備員である。時間通りにしか開門しない。運河の遊歩道へ降りて行く階段が近くにあった。この階段の手前に公衆便所があって、上林は僅か10分の時間が待てなかった。トラックを降り、トイレに入った。用を済ませてから上林は何気なしに遊歩道へ降りて行った。散歩、ジョギングをする人の姿はなかった。上林はタバコに火をつけ、水際へ行って、唾を吐こうとした。この時、岩の隙間に引っ掛かっている手提げバッグを見つけた。彼は辺りを慎重に見回してから遊歩道の隅に捨てられていた枯れ木を拾ってきて、手提げバッグを枝先にひっかけて引き上げた。
 ここで上林良平のことについて補足しておいた方がいいだろう。彼は促進運輸という食品配送会社の契約社員であった。月末で雇用期間が終了することになっていた。本来ならば、運輸業界は人手不足である筈なのに再契約されない理由が別にあった。それは新港スーパーが月末に閉店することになっていたからだ。人口の減少に伴ってスーパーと言えども、新たな再編時代に入ってきた。あと2週間ほどで仕事がなくなるという不安が上林の心境を不安定にしていたのかもしれない。
 彼はバッグを手に取るとチャックを開けた。意外と中身は水に濡れていなかった。バッグの中にチャック付きの袋が入っていて、この中に小さなノートとカラフルな薬の錠剤が入っていた。恐らく持ち主が神経質なタイプで薬などの大切な必需品をバッグに直に入れるのではなく、チャック付きの袋に入れていたから、空気が漏れずにバッグに浮力を与え、運河の水の上を流され、岩の隙間に引っ掛かって海へ流れ出なかったと考えられる。
 上林はこのチャック付きの袋を出し、中にあった封筒を覗き見た。新品の1万円札が20枚入っていた。彼はバッグを小脇に抱えてトラックの運転席に戻った。同時に警備員の姿が現れて、頭に響く金属音がして門扉が解放された。上林は興奮していた。一気にスーパーの構内へトラックを入れた。もし、このバッグが上林の手で近くの交番へ遺失物として届けられていたら、事態は新しい展開になっていたかもしない。しかし、20万円という金額に上林の気持ちは揺らいでしまったのである。




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