Nicotto Town


ごま塩ニシン


すれ違った影の交錯(11)

 藤木のマンションをどのようにして出たのか、記憶に残らないまま熱に浮かされたように明美は駅に向かって歩いていた。別れ際にマンションの通路まで出て来て、文子がニヤッと笑った顔を見せたことが明美の胸に突き刺さっている。我に戻ると、明美は慌ててハンドバックの中を確認した。木製のケースに入った北野政頼の臍の緒があった。遺伝子検査を引き受けた以上、もう引き返せなかった。自分のしていることが無意味なように感じられてならなかったが、道徳的な面で言えば、明美に対する不満を北野は藤木文子で紛らわしていたことになる。
「あの文子という人も北野政頼の子供でないことが分かれば、新しい悩みを抱えることになる。世の中は、どこかにすれ違いがあるものだ。それを何時気付くかである。すべての遺伝子検査の結果が出たならば、シンガポールへ行って、義兄の大野信彦に責任を取らすしかない。」
 明美は心の中で独り叫んでいた。
 偶然というものは不思議なもので諸々の準備作業を終えて、遺伝子の分析結果が出たのは2カ月後であった。浩美は北野政頼の子供でないことが確定したが、藤木文子の産んだ赤ん坊は北野政頼の子供であることが判明したのである。これは考えられないことだが、遺伝子結果は正確なもので医師は神のいたずらかもしれませんと言ったのである。生命は神秘なものである。無精子であったとしても、たまたま、検査時点において精子の数が少なく、無精子という検査結果が出ていたとしても、偶然に精子が放出されて、子供ができないと思われてきた夫婦に子宝が授かるケースが地球上に存在するというのである。
 こうした時に義兄の大野信彦から明美宛に電話がかかって来た。シンガポールへ遊びに来ないかというものであった。北野政頼が急死して以来、明美のことが気がかりになっていたが、信彦がしている事業も安定してきたので、いずれ日本に帰えりたい意向であった。明美にとっては母の介護のこともあり、信彦が帰って来てくれたら、これ以上の喜びはなかった。また、古屋弁護士を通じて北野圭太が藤木文子の赤ん坊を北野政頼の子として認知したという報告が明美にも伝わって来た。どうやら、男の赤ん坊は北野政頼の養子として迎え入れられることになったというのである。何か絡まった糸が気持ちよく巻き戻された印象であった。

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2018/01/16 12:23
今日はごま塩ニシンさん
これで遺言書の謎が解けたわけですね。

物語として見ると
娘としての浩美さん>北野本家の養女としての浩美さん
の図式があるわけですが、私が想像するに娘が本家を継げば、母子共にその恩恵にあずかれる。
こう考えてしまうのであるが、娘として残すのであればその理由付けが今一ピンとこない。
不義の負い目だけでなく、養女の条件として母子の交流を断たれるとかもっと強く訴えてくれたらよいと思います。

まあ!色々悩んだ末、真実に従わざるを得ない状況に持ち込むため、遺伝子検査を選んだというお話なのでしょう。

『すれ違った影の交錯の糸がほぐれて、気持ちよく巻き戻された印象であった。』なのですね。

すっきりしました。ありがとうございました。
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2018/01/11 07:05
読んだよ。



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