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關西紀行,其之廿壱:四明ヶ嶽の伝説・・・

唐突であるが,NHKの「行く年来る年」が好きである。
紅白が終わってから15分間。
これを見ないで過ごすと,1年の終わりに悔いを残しそうな気がする。
不意にそんかことを思ったのは,この日が大晦日であったからなのだろう・・・。
必ず日本各地の寺社の様子が映し出されるのが,大きな特徴であるが,雪に埋もれた北国の静寂な古寺だったり,雪とは縁のない暖国の寺社だったり,或いは2年参りで賑わう芝の増上寺のような大寺だったりする。
そのいずれからも感じられるのは,凍てついたように凛然とした空気感である。
遠くに除夜の鐘を聞きつつ,紅白や第9の余韻を少しばかりながら引き摺るこの時間帯,この開山以来1,000年を越える比叡山延暦寺こそ,それに最も相応しい場所と言っても良いだろう。


根本中堂は,そんな玲瓏たる大気の流れる中,一段下がった場所に有った。
さすがに,かつての記憶は無い。
否,建物の形状は同じであるが,やはり16歳当時の記憶とシンクロさせるのは困難である。
標高が800m程有るので,完全な高原気候で,数cmの雪が積もっているのも,興趣を添えている中,根本中堂へ参る。
回廊を歩く形で参詣するのは,全く記憶になく,永遠の灯明だけが記憶に残っている。
根本中堂に整体するような形で,小高い位置に文殊楼があり,何とも古雅な味わいを見せているが,工事中なのか,雪で滑るからなのか分からないが,かなり残念であった。


比叡山は,どうやら3つの地区に分かれるようだ。
根本中堂がある今回訪れたのが東塔(とうどう),本堂にあたる法華堂がある地域が西塔(さいとう),そしてその北に位置する横川(よかわ)である。
つまり私は,比叡山の1/3しか見ていないということになり,京都側の景観は味わっていないということになる。
各地区の間にシャトルバスが走っているようだが,洛中と異なり,ここだけは車で訪れた方が良いようだ。
京都市中でレンタカーを借りて,御蔭通りから山中越えを行くか,大津市内で借りて,反対側の近江神宮から田の谷峠を越えて,比叡山DWに入るのがセオリーだろう。
後者の方が,リスクは少ないだろうが・・・。
京都側の最大の見どころは,展望台のある四明ヶ嶽だろう。
何でも承平の昔,京に任官の為に来ていた平将門と藤原純朝が一緒にこの四明ヶ嶽に登り,東西を見つつ,こちらは私,そちらはそなた・・・と,日本を二分して支配する構想を語ったという伝説があるという。
大河ドラマにもなった海音寺潮五郎の小説のように,この2人が果たして出会っていたのか,そして東西呼応して挙兵したのか,そのあたりは勿論分からないが,何とも気宇壮大な伝説である。


30分に1本のケーブルカーに間に合わせる為に,帰途は走る羽目になった。
こういう時は,やはり1人だとフットワークが軽いことを実感する。
ようやく間に合って,汗をぬぐう。
ゆっくりと琵琶湖の景観を味わう余裕は,全く無かった。
帰途は,運良くもう1台の「縁号」だった。
折りの途中のもたて山駅近くだったと思うが,石仏群があり御法難の供養のものではないかと説明された。
下界に着いた際,誰も車内にいなくなったのを狙い澄まして,写真を撮った。
かなり粘ってしまったので,職員の方には申し訳なかったが,嫌な顔せず挨拶をされた。
さすが京阪系である。
何年か前,奈良のレトロバスで,終点のJR駅に着いた際に車内の写真を撮っていた上の子が,女の運転手さんに,
「早く降りてください」
と,露骨に嫌みを言われたことがあったが,それとは大違いだ。
ダイヤを狂わせる訳ではないのなら,当地を愛する観光客をもっと大事にすべきだと思うのだが・・・。


ケーブルカーを降りた後は,坂本駅近くまで,ゆっくりと下る。
味わいに満ちた日吉神社の参道や,門前町を形成する多くの寺院を軒並み見て回る。
そして,食事は後述するが,当地を代表するものを堪能したのであった。
何とも名残が尽きぬ街で,駅のホームに入る前に,幾度となく街並みを振り返った・・・。   
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