Nicotto Town


koshiのお部屋分家


駅弁話・・・

昨日,九尾の狐に関して少々書いたのだが,それによって根多を思いついた。
根多が完全に涸渇している昨今の私としては,極めて珍しいことだ・・・。


那須の九尾の狐伝説に基づき,那須野の玄関口だった(過去形・・・)黒磯駅では,「九尾ずし」と「九尾釜飯」(以上ふたば食品)が売られていた。
さらには,「高原肉めし」,よいち丼(後によいち鍋,以上高木弁当部)といった駅弁もあり,10代の頃,いずれも食すことができた(当時,500~600円もの駅弁を買って食すこと自体エポックだった・・・)。


82年の東北新幹線開通まで,黒磯駅の駅弁は全盛期だったと言って良いのかも知れない。何故なら,関東北端のこの小駅に,すべての旅客列車が停まったのである。
当時,東北本線の最大の花形列車は,上野-青森・盛岡・仙台を結んだ特急「はつかり」,「やまびこ」,「ひばり」だった。
さらには,全盛を極めていた急行も,「まつしま」,「いわて」,「あづま」,「八甲田」・・・といった具合に,多くの車両が,在来線を行き来していた。
で,そのすべてが,黒磯駅に停車したのである。
何故なら,黒磯駅が交流・直流電源の変換地点だったからである。
黒磯以北が交流,以南は直流であり,交直両用の電車である583系や483系,455系といった車両は,電源の切り替えを行ったし,電気機関車はEFからEDへと交換された。
つまり,最低でも数分の停車時間が保障されたため,駅弁が興隆を極めたというわけだ。


黒磯駅には,ある種の憧れを持っていた。
今となっては貴重なのだが,古ぼけた旧型客車の各停に乗って黒磯に到着すると,橙と緑が眩しく光る湘南カラーの直流型電車(111系等)と出遭うことができた。
都会に来た・・・という気持ちになると同時に,えも言えぬ旅愁を味わったものである。県内に,まだSLが走っていた時代,私にとっての憧れは,湘南カラーの直流型電車であった・・・。
高い特急料金を払うのが癪だったので,周遊券を利用することで急行料金を帳消しにしていた私にとって,165系急行型直流電車は大のお気に入りであり,今もCD棚の中と屋根裏部屋のレイアウトの上に,Nゲージが鎮座して時々走っているくらいだ・・・。


残念ながら30年ちょい前の東北新幹線開通により,那須野には那須塩原なる新駅が開業し,急行が停まった那須野の3駅,黒田原・黒磯・西那須野のいずれもが,新幹線から外れることになった。
以降,世の流れに棹すことができぬまま,今世紀を迎えた年に(株)高木弁当は撤退,05年にはふたば食品も50年近い歴史に幕を下ろしたことは,私のようなオールドファンにとっては,痛恨時でしかない・・・。
胸をときめかせて,旅愁を感じつつ食した名物駅弁の終焉は,遥か昔の我が青春との決別でもあった・・・。


「よいち鍋」の起源とも言うべき那須与一宗高と,その弟とされる大八郎宗久については,いずれ述べてみたい。
大暴走する可能性大だが・・・。

アバター
2013/08/24 14:22
さえこさん,こんにちは。
仕事も音楽関係ではないですし,音大出でもありません。
唯の素人でございます。
とにかく,無駄な知識だけはどうやらあるようなので,それをはき出すと大暴走します・・・。
最近は,迷惑かけるので自粛していますが・・・。
あ,カプレ編の「月の光」,動画見つけました。
フランス語で検索すれば良かったです・・・。
アバター
2013/08/23 21:39
こんばんは~さえはね、音楽も歴史ネタもどっちも好きなのね。あ、コメントありがとう。
「月の光」昨夜、聴きました。Koshiさん、音楽、すごく詳しいみたいですが
もしかして、お仕事は音楽関係?それとも音大卒なのかな?
さえは「のだめカンタービレ」を読んでクラッシックにめざめたんだ。
のだめ、おもしろいよね~また読みたくなっちゃったw
アバター
2013/08/22 22:24
さえこさん,今晩は。
音楽根多や歴史根多,やきう根多等書き始めると,大暴走するんですよ・・・。
悪癖です・・・。
アバター
2013/08/22 14:33
こんにちは~那須与一さんお好きなのですか?大暴走していいよwww(ぁ




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.